短編

□呼んで飛んで
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「ただいまー」

「おかえり」



なんとなくで言った言葉に当然といっては当然ではあるが、一人暮らしの住まいでは聞くはずの無い言葉が返ってきた。

仕事の疲れからくる幻聴か。
はたまたアパートに住まう亡霊か。
いや都会で働く娘を心配した父親がわざわざ様子見に来たのか。
いやいやそれにしては声が若かった。
なけなしのヘソクリを狙う泥棒か。
いやいやいや泥棒がおかえりなんて言うもんか。
では彼氏いない歴ウン年の私を慕うストーカーが勝手に合鍵作って家主の居ぬ間に入り込んでいるのか。



混乱する私の思考が出した答えは、通報するのは正体を見てからだというものだ。




おかしいとは思わなかったのか、部屋の電気が点いていることは外からでも分かったじゃないか。
ズボラな私は消し忘れただけだと思ったのだ。

父なら玄関に靴が無ければおかしいじゃないか。
今私の後ろで転がるハイヒールは一足。


今さらもう後戻りは出来ない。

抜き足差し足で忍び寄る私。
ただいまなどと言ってしまった後だから相手にはこちらの存在はバレているわけだが。



飛び込んだ台所。
目に飛び込むピンクのエプロン。
黒いタイツ。
紅い鋼の金属光沢。

見たことの無い、いや画面の中では見慣れたロボット。



こいつはまさか



「メタルマン……?」


「ああ、おかえり。夕飯は少し待ってくれ。今出来る」

振り返った真紅の機体、鋭く光るメタルブレード。
コスプレしたストーカーにしてはクオリティが高すぎる。


「あの、どちら様ですか……?」

「今さっきお前が言ったじゃないか」




「あ、う、うぇ、めッメメメタルマンなんで?!」

脳に事実が到達してやっと叫んだら噛みまくった。

「なんで?俺が此処にいる理由か?お前が“呼んだ”からだろ」

「は、呼んだ?」




突然だが、私はパソコンで二次創作の同人サイトを見て回るのが好きだ。
趣味と言ってもいい。
今はまっているのはレトロゲームのロックマンだ。
ゲーム自体はクリア出来ずに挫折したが、好きな気持ちは変わらない。

昨夜、いつものごとくサイト巡りをしていた。
少なからず酒に酔っていた私は

「あ〜あ、メタルマンがうちに来てくれればいいのになぁ」

などと呟いたのは思い出せる。




「まさか酔っ払いの戯言を真に受けて……?」

「そのまさかだ」


なんでもDr.ワイリーの転送装置の実験を手伝っていたメタルマンが、なぜかこちらの世界に転送されてしまったらしい。
原因はおそらくメタルマンを求める思念が転送中の彼を呼び寄せたから、つまり私の独り言のせいらしい。
現在ワイリーはメタルマンを元の世界に戻すため必死になっているそうだ。


「ほんとにメタルマン?」

「まだ疑っているのか」

なんなら内部構造でも見るか?とハッチを開けて機体の内側を見せてきた。
配線やらなんやら専門家じゃない私にはさっぱり分からなかったが、人間が入ってる訳じゃ無いことは分かった。


「しばらく此処に厄介になるぞ」

「え、私の部屋に?!」

「お前のせいで此方に来てしまったようなものだからな。責任取ってもらうぞ。……それとも、俺では不満か?」


声をひそめ、からかうように笑う彼に私は何も言えなくなってしまった。





呼んで飛んで

いっしょに住む?
願ったりかなったりですとも!


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