短編

□風に揺れる陽射し
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「あ〜生き返るぅ〜」

「こら、年頃の娘がそんな格好をするんじゃない」



ナナシはエアーマンの前に座り込みセーラー服の前をあけて風を送り込んでいる。
健康的な肌は上気し汗ばみ、扇情的にも思えるが、胡座をかいてスカートをばたつかせ、おやじのような声を出しては色気もへったくれもない。


「いーじゃん、こっちは炎天下の中学校行ってきたんだよ」

夏休みなのに補習なんて嫌になる、とぼやくナナシ。

真面目に勉強してなかったからだろ、とエアーマン。


「学生の本分は勉学だ。遊んでばかりいないで宿題でもやりなさい」

「ふーんだ。遊ばないヤツはつまんない大人になるんだよ」

「勉強しない子供もろくな大人にならんぞ」

「子供じゃないもーん」

「大人でもないだろ」


頬をふくらませるナナシ。
もちろん本気で拗ねてるわけではない。
すぐに満面の笑みで、

「そうだ、海行きたい海!ここ山ばっかでつまんない」

などと言い出した。



「ここから何時間かかると思っているんだ。子供だけで行くには不安がある」

「子供じゃないってば。そんなに心配ならエアーも一緒に来てよ」

「馬鹿者。こんなロボットが外を歩いていたら騒ぎになるぞ」

「だよねー、扇風機おばけだもんねー」



“こちら”の世界に飛ばされてきたエアーマンをナナシが始めて見たときも扇風機おばけと言い放った。

悪く言えばデリカシーの無い娘だが、歯に衣着せぬ物言いはエアーマンを不快にさせるものではなかった。
むしろ嘘もお世辞も無い言葉はエアーマンにとって気楽なものであった。



「でもわたし、エアーとどっか遊びに行きたいよ」

子供の様に頬をふくらまし唇を尖らせる。


「エアー、夏が終わったら“むこう”に帰っちゃうんでしょ?」



数日前、博士から連絡があった。
元の世界と今エアーマンがいる世界をほんの数秒間だけだが繋ぐことが出来たらしい。
かろうじて音声だけ送られてきた通信では、兄弟機たちのエアーマンを心配する声と、一週間後には音声だけでなくエアーマン自身を送り返すことができるとの知らせだった。



「そのまえに思い出たくさん作っておきたいよ…」

うつむいたナナシの声は畳の上でかぼそく消えていった。



帰らなければならない。
主と仲間の待つ世界へ。
偶然に偶然が重なり飛ばされてきたこの世界に別れを告げて。

ナナシの生きるこの世界は、エアーマンにとって暮らしにくかったが、そう悪いものでもなかった。


しかし一度戻れば来ることは、もう。





蚊取り線香の煙が庭へ流されていく。

さっきまで五月蝿く鳴いていたはずの蝉まで静まり返っている。

山裾を滑る風が軒先に吊るされた風鈴を、りん、と鳴らして通り抜けた。






「……また、会いに来よう」


「……」


「すぐには無理だが、いつか必ず来てやろう。海でも何でも行けば良い」


「……うん」



やっと顔を上げたナナシが、ふにゃり、と笑う。


「約束だよ?」



夏が終わるその日まで、その気の抜けたような笑みを見ていたいと思えた。





風に揺れる陽射し



おわらない宿題
かなわない約束



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