BOOK4

□No.48
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その後も、機関室のバルブが閉まらないやら、スパナが折れたやら、腹が痛いやら…


本当にくだらない泣き言に付き合わされ、俺の限界も近づきつつあった。


「はぁ…駄目だ、このままだと集中できねぇ」


一端心身を落ち着かせるため、顔でも洗おう…と、この重い身体を携え俺は浴場を目指した。


「ッ?!…珍しい事もあるもんだ」


そして、扉をくぐった先に居た予想外の人物に、思わず漏れでた力なき声。


「何でまたここで?」


俺の質問に答えず、乱暴に髪を拭く、湯気をまとった上半身裸の男を尻目に、俺は備え付けの洗面台で顔をゆすぐ。


流れ出す冷水の勢いを止めた所で寄越されたタオルに礼を述べ、クリアになった視界から鏡越しに背後を見れば…それには、明らかに不機嫌な顔が映り込んでいた。


「ふっ…ミラーはまだ拗ねてるんですか?」


「…さあな」


もう大丈夫だろ。そう素っ気無く答える船長の不機嫌要素は、どうやらソレでは無いらしい。


「浴室の調子が悪いんで?」


普段、余程の事が無い限り、この大浴場を使わない船長にそう尋ねれば、寄越されたのは苦々しく歪めきった顔と、突き刺さるようなキツイ舌打ち…


何だ、地雷踏んだか?


「別に意味はねぇ…熱を冷ましたかっただけだ」


ぶっきらぼうに答え服を着だしたこの男とは、もう随分と長い付き合いだが…未だに怒りだすポイントが分からない時がある。


正直、面倒くせぇ。


「まぁ、何でも良いが…あぁ、そう言えば」


深入りなんざする気は更々ない俺は、頬を伝う滴を拭いながら声を放つ。


「そろそろ読み終えた本を書庫へ運ばなければ、あの医学書等は入らないんじゃないですか?」


確か、既に棚から溢れていた筈だ。その助言に船長は、そうだな…と何か考える様な仕草を見せた。


「…後で俺が纏めておく」


「…は?」


“俺”が?自分で?あの数を纏める?おいおい頭でも打ったか?


「この前買った新しい本は何処にある」


「あ?あぁ、それなら…今頃クルーが必死に船長の部屋で、空きスペースを探してる頃だと」


適当に放り投げたりは出来んだろうからな。そう至極当たり前の事を述べれば、は?と…盛大に眉間に皺を寄せた船長から、抜けた声が発せられ…俺も、え?なんて漏らしてしまった。


「部屋に…行ったのか?」


「…クルーがな。まだ居ると思うが…」


俺の返答を最後まで聞く事なく、船長はその苛立ちを舌打ちと共に表し、脱兎の如く勢い良く浴場を飛び出した。


「ったく……」


普段アンタは毎回、大量に買い込む書物の数々を自ら自室に運ぶなんざしねぇじゃねぇか…それが今回ばかりは不味いってか?


本当に何なんだあの男は面倒くせぇ。
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