BOOK4
□No.70
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何も無い筈の空間からミラーが飛び出して来た時は、不覚にも…声の出し方すら忘れてしまった。
だが…ミラーの帰還を喜ぶより先に、その姿に目が奪われたのもまた事実…泥棒猫の仕業だろう。余計な事しやがって…
心に巣食う邪心を消し去る為にも、無心で暴れようと俺は黒足を挑発したが、残念な事にそれは不発に終わっちまった。
あの不憫な手配書の写真で釣れば、確実に仕掛けてくると思ったんだがな…泥棒猫に邪魔され、それも叶わず仕舞いだ。
チラッとミラーが懸命に庇い立てる奴等に視線を巡らせる。
トナカイの奴、未だ意識を手放したままか。黒足は予想通り怒りを露にしてるが…あの泥棒猫の、あの勝算有り気な顔は何だ?
いやそれより、一番気になるのは悪魔の子…ニコ・ロビンだ。冷静に何を見ている?
ミラーには悪いが…どうせコイツ等がこの船を降りる事はない。早めに手を打っておくか…
細心の注意を払い、俺は懐からソッと仕込み針を取り出す。コイツにはエニシダの葉から採取したエキスを染み込ませてある…死にはしないが、当分その身体は麻痺して使い物にならないだろう。
「ぬわ?!えッ?!」
「ッ?!」
とりあえず野郎から封じとくか…そう黒足に狙いを定め、手元の仕込み針を放とうとした瞬間…少し離れた位置に立つシャチが奇声を発すると同時、勢い良く何かが俺目掛け飛んで来た。
“シュッ!!”
…クソッ、何が起きた?!ズキッと痛む手元を見やれば、その甲には薄く血が滲んでいる。
その傷を作った物は鋭い光を放ち、柵の縁に突き刺さっていた。
「あれ?!えッ…は?何で俺のジャックナイフがあんな所に?!」
あれ?!と、その手元と俺の奥で光る自身の得物を交互に見やり困惑するシャチを余所に、俺は相変わらず涼しい顔のニコ・ロビンへと視線を戻し、奴を睨み付けた。
「…何をした」
今あの4人の中で、俺に何か仕掛けられるとしたら…この女しか居ない。
「ふふ…物騒な物が飛んで来そうだったから」
そう微笑むこの女…能力者か。俺の舌打ちが響くと同時に、船長が静かに笑い声を上げた。
「フッ…交渉は無しだ。お前等を帰すつもりは毛頭ねぇ」
すぐ終わる…そう不敵に笑う船長に泥棒猫が、話だけでも聞きなさいよ?!などと慌てだす中、ミラーから、ブチッ…と何かが切れる音がした。
『もーッ!!なんなのこの重たい空気?!重すぎるわバカヤロー!!私達は糠漬けかよ!!』
漬物石みたいに圧かけてきやがって!!そう船長に詰め寄るミラーは、既にこの話に飽きてしまったのかもしれない。
『ローもッ…私、ローに言いたい事…いっぱい有るのに…ッ…』
くッ…と言葉を詰まらせ俯くミラー。
確かに…せっかく船長に会えたにも関わらず、その余韻に浸る暇すら無くこの状態だからな。
だが…今回ばかりは、船長の怒りも簡単には収まんねぇだろう。
「ミラー…もうす『ざけんな…』…は?」
もう少しだけ我慢してくれ。そう言いかけた俺の言葉を遮り、俯いたまま肩を震わせボソッと低く呟いたミラーに、思わず伸ばしかけた手が止まった。
『ふっざけんなよ?!また皆に会えて嬉しいのは私だけってかコノヤロー!!何なに?!皆はルフィ達とやり合う為に此処まで来たの?!』
バッと顔を上げたミラーが、今まで見た事無い程に目を吊り上げ俺達を見やる。その余りの剣幕に、船長すら困惑気味に眉を寄せていた。
「ミラー…言いたい事は分かる。だが、大切な仲間をいきなり連れ去られた俺達の『でもペンギンさん?!』…なんだ?」
なんとか宥めようと、和らげた声色で放った俺の言葉を遮ったミラーの声は刺々しい…
『拐われた本人が気にして無いんですよ?!ルフィ達はチョッパーを見付けた時、お、お、穏便に…そりゃもう穏便済まそうと私達を避けてくれたのに!!』
おい…若干目が泳いでいるぞミラー。本当に穏便に済ませる為だったかのか?
「…海賊にルールなんざねぇ。此処では俺がルールだ」
そうミラーの言い分を切り捨てる船長に、今度は泥棒猫が声を放った。