BOOK5

□No.31
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靄がかった意識の中伸ばした腕は、求める温もりへと辿り着く事はなかった。


その違和感に重たい目蓋を持ち上げれば、そこには広く開いた寂しいスペースが見えるだけで…アイツが居ない。


“ドンドンドンッ!!”


欠伸を漏らしつつ…あの馬鹿、起きるなりあのクソ野郎の元に行ったんじゃねぇだろうな…と眉間に深い溝を作る中、扉から訪問者を告げる乱暴な音が響いた。


音の向こうに居る人物は分かっている。今この船で満足に動ける者は限られているからな…


けだるさの残る身体を起こし、服を着ながら声を放てば、室内へと足を踏み入れたその男は精気の籠もってねぇヤツレきった顔を向け、真っ先にソファーの横に投げ捨てられていたクソ野郎の荷物へと向かって行った。


そしてその荷物を乱雑に漁るなり、一本の酒瓶を取り出し、ドガッ…と力無くソファーにへと座り項垂れる始末…何かあったらしいな。


「はぁ…俺にも一本寄越せ」


グビグビ水でも飲む勢いで酒を流し込む男が、手荒く投げ渡してきた新たな瓶の栓を外すと同時、アイツの不安は解消された…と、その内容の割には沈んだ声が寄越された。


だが苛立ちを隠せぬコイツとは逆に、俺の心中は少しずつ落ち着きを取り戻していく…これでひとまず、俺の“あの不安”は解消された。


「船長、悪い話と最悪な話と…そしてきっと暴れたくなる話がある」


どれから聞きたい。そう自暴自棄な笑みを向けるペンギンの様子からして、あのクソ野郎は大層面倒な事を言い出したようだ。


「はぁ…何でも良い。話せ」


同じく半ば自棄になり酒を煽る俺とペンギンの深いため息が重なる。先が思いやられるな…


「じゃあまず悪い話からだ…アイツが次の島まで居座る」


ペンギンが事務的に淡々と述べるその知らせは…奴の不安が消えたと知らされた時点で予想していた事だ。こっちはそんな長期滞在、全く望んでねぇがな。


既に悪態付く気にもならねぇ俺は、グイッと酒瓶を傾けながら黙って話の続きを聞く事にした。


「そこで最悪な話。“コートを寄越せ”だとさ…ちなみにコレは船長のを御指名だ」


「ッ…」


ここで俺は、今し方口に含んだ酒を盛大に吹き出しかけるも…何とか寸での所で何とか留め、無理矢理飲み込みソレを胃へと流し込んだ。


むせそうな喉元をどうにか落ち着かせ、必死にその動揺を隠し、俺は眉間に深い皺を刻んで見せる。


…何で俺があの野郎にコートをやらなきゃならねぇ。必要ねぇだろ。


「ツナギは何が何でも嫌なんだと。まぁ、一番の理由はミラーに着せない為じゃないのか?知らないけどな」


俺の不満を汲み取ったらしいペンギンが次いでそんな説明を寄越す。だいたい、何故あの野郎が次の目的地を知ってんだよ。


ったく何処までも舐めた野郎だ…アイツが極寒の地で野垂れ死んでくれるのであれば、俺は喜んでコートを差し出してやろう。


「さて…アンタにとって最も深刻な問題は、ここからかもな…」


苦々しく顔面を歪める俺を気にする事無く、ペンギンは早くも空となった手元の瓶を足元に放りながら、一人言の様にそう漏らした。


クソ…既に頭がカチ割れそうだ。何故あんな男がミラーの実の兄貴なんだよ…これならまだ馬鹿なだけのシャチの方がマシかもしれない。


正直今、ギリギリの所で保っている俺の堪忍袋の緒は蜘蛛の糸程まで細く、脆いモノになってしまっている。


抱える頭がまるで鈍器の様に冷たく重い。一体今度は何を寄越せと喚くんだあのクソ野郎…


「最後に…」


抑揚なく声を放つペンギンから寄越される言葉の続きを、俺はただただ黙って待つしかなかった。
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