BOOK5
□No.35
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「ふ〜、イッイ湯っだ〜な〜」
チャプン。とゆったり広々湯船に浸かり力を抜けば、ここ数日で溜まった疲れも一緒に抜けていく気がした。
だいたい、心労なんざお呼びでねぇのによ…ったく、一番厄介なもん寄越しやがって。
「はぁー…でも良かったぁ…」
パシャンと軽く湯で顔を洗い、ふー…と息を漏らせば、思いの外か細い声が出ちまった。
突然感じた違和感に慌ててこの船を目指してる間は、本っ当気が気じゃ無かったってのに…案外アッサリ穏やかになってくれちゃってさ。
ふふ…人の気も知らねぇで呑気にしてやがってミラーの奴。
ただただアイツが心配で…でも無事なら良いって問題でもねぇぞ?
「さて…あの野郎はノってきますかなぁ」
だだっ広い空間に俺の声と、小さな水音が反響する。
先手は打った。
あのノンビリ娘に説教かますのは、俺の居場所を確保してからじゃねぇと…作戦は上手い具合に進んでますかねぇ。
(テメェも兄貴なら…)
ふふ…分かったような口利きやがってあの野郎。
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『ねぇジギーッ、とりあえず近状報告会を開いてさぁ』
ねぇねぇ聞いてる?なんて頬を膨らませるミラーの話は右から左。
浴場に向かう途中ミラーは口うるさく遠回しに、早くやる事やって出てけ。ってな事を言ってきやがる。
にしては真っ直ぐ俺の事見てくるよなぁ、コイツ。もしかして、自分の失態に気付いてねんじゃね?
じゃあ何でこんな必死に、俺を追い出そうとしやがんだ?
「はぁ…てっきり黒の反抗事件は、あの野郎が絡んでると思ったのによー。野獣野郎なんざ俺知らねぇしー」
わざと俺からその話を掘り起こしても、ミラーは顔色一つ変えやしない。それが俺と離れていた時間の経過を思わせて、何かすっげぇムカついた。
良いさ…忘れてるってんなら、思い出させてやるよ。そう密かに妖しく笑ってると、それにしても意外だな。なんて声が。
「俺はてっきり、監督不行き届きだとか言って、ミラーを連れて行くだとか、暴れ回るんじゃねぇかって警戒してたが…」
やけに大人しいじゃねぇか。そう鼻で笑うペンちゃんは、いつからコイツの保護者になったんだ。俺はこの船にミラーを預けはしても、差し上げた覚えはねぇぞ。
「今回の原因は野獣野郎なんだろ?別に関係ねぇ場所で暴れたって、しゃーねぇじゃん。八つ当たりなんかしたらウルセェ奴も居るしよー」
チラッとミラーに目をやれば、俺の言葉を肯定する様に険しい顔で首をコクコク。
ま、不健康野郎も無関係とは思ってねぇけどさ…当事者じゃねぇなら、真っ向からは叩けねぇし。変に手出してミラーに嫌われんのもヤダし。
いやでも待てよ…当事者だったなら、今すぐミラー連れてとっとと船を降りれたか。そうなっても良かったな。
『でもそっか…ジギーそんな風に考えてたんだね…ふふッ、あー良かったぁ!!昨日みたいに喧嘩売り始めたら困ると思って、心配だったんだよね〜』
そう胸を撫で下ろすミラーは、やっと俺に懐かしい笑顔を向けてきた。でもなに、サッサと俺を降ろしたかった理由ってソレ?
まぁ、飽くまであの野郎の肩を持つそのスタンスは気に入らねぇが…ミラーが口添えすりゃ楽々居座れるな。って思ってた矢先…
『じゃあ一緒に頭下げてあげるよ!!』
「…は?」
頭下げるって…なにソレ何かの儀式?
『ローだって鬼じゃないんだから、土下座ぐらいしたらきっと「フザけんなあんな奴に頭下げるくらいなら魚の餌になった方がまだマシだ」…』
プリティースマイルから繰り出されたその提案を一蹴すれば、見る見る内にその顔は般若スマイルへと変化…たがそれだけは絶っ対嫌!!
死んでも頭なんか下げてやるもんか!!そう口を尖らせる俺に、今度はペンちゃんから出て行けコール。
「お前の用はもう済んでんだろ?次は冬島だぞ。常時頭ん中真夏日の貴様が、寒い地を好むとは思えん」
分かったら出てけ。そう睨み付けてくるペンちゃんに俺が言葉を放つよりも早く、あーだからツナギにコートかぁ。なんて謎の反応を示すミラー。
どゆ事?そう素直に疑問を口にすれば、教えねぇよバーカ。って言いたそうなペンちゃんを余所に、ミラーがポロッと…
「はぁーッ?何でお前がアイツのコート着んだよ!!タッパ的にも俺の方がピッタンコだ、俺が着る!!」
ってかミラーにゃ絶対着させねぇ!!俺が責任持ってゴロゴログッチャグチャにしてやらぁ!!
『俺が着るって…ジギーが頭下げないなら、私知らな「っしゃー風呂入るぞー。これヨロシクッ」ぶふぇ?!ケホッケホッ!!なんか埃ッポイ!!』
ミラーの放置宣言をブッた切って、その顔面に脱ぎたてホヤホヤ、叩けば色々出てきそうな俺様の服をポーイ。
『ヨロシクってジギー…これ、洗えって事?』
ウゲェって顔を歪めるミラーにズボンも放り渡して、早くも俺はパンツ一丁。
「んじゃミラー、上がったらゆーっくり“2人きり”で…話そうな?大人しく待ってろよ?」
『いや待ってろよ、じゃねぇよ』
辿り着いた先の扉に手をかけた俺を引き止め、盛大にブスくれるミラー。コイツ、本っ当気付いてねんだな。
呆れ気味にため息を漏らし、ミラーの頬を両手で挟み込んでー…ムニムニムニーッ!!
『ムムギョーッ?!やーめー「ミラーちゃーん?」…ふぇ?』
挟み込んだままの頬をグイッと引き寄せ、ニタァと口元を歪ませる俺に、ミラーが目をパチパチ白黒。
「兄ちゃん、お前に言っておかなきゃならねぇ事があんだよねぇ〜。いや〜お前もあるよなぁ?やっちゃいけねぇ事、やったよなぁ〜?」
小さく囁くように声を抑えそう言えば、少し困惑気味に眉を寄せ思い巡らせていたミラーも…チラッとその背中の牙に視線をやった俺を見て、ハッ!!不味い!!ってな感じに狼狽えだした。
「やーっと気付いたかぁ?でー、俺に…なに?降りろって?まさか降りろって言った?」
んーどうなんだぁ?って有無を言わさぬ笑みを向ければ、ミラーはスゲェ勢いで首を横にブンブンブンブン!!
『ちが?!ロロロ、ローが降りろって!!ローに言われ?!わッ、私洗濯してきまーす!!』
「は〜い行ってらっしゃ〜い」
俺の拘束から逃れ、慌てて駆け出すミラーにヒラヒラ手を振りながら満足気にその背中を見送れば、はぁー…と響く重てぇため息。
「お前、ミラーに何を言ったんだ?」
あぁペンちゃん…お前さん居たんだったな。