BOOK5
□No.36
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慣れた手付きでクルーの身体を繋げていく中、俺の心は落ち着きを取り戻しつつあった。
今となれば、あの野郎の元へと行く前に甲板の処理を終わらせたのは、正確だったと言えるだろう。それはペンギンの奴も同じなようだ。
憔悴しきった声をミラーに掛けるペンギンの言葉を、顔付きを、その動作を…一つ一つに集中すると同時に、部屋でのやり取りを思い起こしながら、俺は頭の中を整理した。
あの時、部屋で告げられたペンギンの言葉から、アイツはミラーを連れ出すつもりでは無いと分かったが…何かが引っかかる。
何故奴は今この状況であんな事を…?
(悪い話と最悪な話と…そしてきっと暴れたくなる話がある)
「………」
結局はしっくりくる答えへと辿り着かぬまま、違和感ばかりが表面に被さっていく。
そして答えを見つけられる事無く、とりあえず甲板を後にしようとした際…ミラーから寄越されたあの頼みが、より一層俺の頭を悩ませる結果となった。
(一刻も早く追い出して!!)
そりゃ願ってもねぇ要望だが…急にそう言い出した理由が分からねぇ。
疑点ばかりが残りながらも、当初から変わらぬ目的の為奴の元へと歩みを進める俺を、慌てた様子のペンギンが呼び止めた。
大人しく足を止めそちらへ向き直れば…奴の顔には、隠した筈の不快感が再び滲み出ている。
「アイツの事なんだが…」
そう話し出す、終始仏頂面のコイツが何を言われたか知らねぇが…あの野郎がコイツの心中を“わざと”掻き乱したのは間違いねぇだろう。
でなきゃ沸点の低い…いや、己を抑える事に長けているコイツを、ここまで乱す事は容易じゃねぇ。
確かにアイツは馬鹿だ。だが自分の置かれた立場をわきまえず、無謀な発言を続ける程の救えねぇ馬鹿とは…
だがらこそ、尚更そこが引っ掛かる。
何故奴は今、この船に挑発的な態度を取るんだ…叩き降ろされぬとも限らねぇ、その自分の立場を危ぶめてまで。
「船長、聞いてますか?」
その声に、ハッと意識を引き戻され…目の前で眉間に皺を刻む男を視界に入れ直せば、奴からは深いため息と共に頭痛を訴えられた。
「船長までよしてくれ…面倒なのはアイツだけで充分だ」
そう悪態つくペンギンに、そういやまだ一から話を聞いてなかったな…そう思い、コイツの言い分もそこそこ、俺の疑問を押し付ける。
「は?アイツとミラーの会話の内容、ですか?」
「奴の不安は解消したと言ったな。その時何があった」
なんだよ急に。とでも言いたげなペンギンに、俺は口は閉ざしながらも視線でその続きを促せば…今日だけで何度目か分からないため息と共に声を寄越された。
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「でまぁ、ミラーの牙があぁなったのは、麦わらん所の2番手が原因っていうのが分かり…」
その後奴は的外れな発言を、あぁコレは奴の趣向が原因で…そう煩わしさを浮き出しながらも、丁寧にその状況を説明していくペンギンの言葉は、コレを境に俺の耳に届かなくなっていた。
俺も初めて知った事実…そうか、だから奴は…フフッ…ミラーも俺を使うとは良い度胸だ。
一応全てのピースが繋がった。だが俺が導き出したその答えが、キッチリ奴の型に嵌まっている保証はまだ何処にも無い。
だが…確信はある。それに根拠なんざねぇがな。
「最後に奴は両親の「それだけ分かりゃ充分だ。お前はもう適当に休んどけ」…は?」
怪訝な面を向けて来ていたコイツも、上手く填められたな。そう口元を歪ませる俺の言葉を受け、罰が悪そうに目を伏せた。
「…何故奴がそうしたかも?」
そう顔を上げ俺に問い掛けるペンギンは、自分が奴の掌で踊らされたという自覚は有っても、まだその答えを見つけてはいないようだ。
困惑気味に揺れるその瞳に勝ち気な笑みを映したまま口を閉ざす俺に、次いで寄越されたのは不満気な眼差し…
「フフッ、今は余計な事考えてねぇで、その情けねぇ面を早く戻せ。これ以上アイツの思惑に乗せられるな」
「ッ…別に、何も俺はアイツの言葉にキてる訳じゃない」
歯切れ悪く声を寄越し、俺から視線を逸らすコイツが…あの野郎に何を言われたかなど俺は知らねぇし、知らねぇままで良いとも思っている。
何よりコイツは、ソレを話しなどしないだろう…あの時、酒で誤魔化し言葉短く報告してきたのが何よりの証拠。
「…お前も今の自分が、らしくねぇって事ぐらい自覚してんだろ。フッ…お前が沈むと此処の奴等は無駄に騒ぎ立てる」
あまり余計な心配かけてやるなよ。そう普段より、幾らか小さく見えるコイツの肩に手を置き踵を返す俺は最後に、安心しろ…と首だけで振り返り言葉を投げ掛けた。
「テメェの昨夜の努力は無駄にならねぇだろうよ。無駄骨で終わらず良かったな」
分かったら部屋にでも籠もってろ。そう口角を上げる俺へと、奴は久方振りに安堵の笑みを寄越した。
(何故奴がそうしたかも?)
…コイツがその謎を解き明かした時、その顔は再び…安堵とは程遠いモノへと変わるんだろうな。