BOOK2
□No.64
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あの騒がしい3人が上陸してから、船長は幾度となく時計をチラチラ確認し、全くもって落ち着きが無かった。
今は今後の航路の話をしてたんだが…こりゃ今話しても意味ねぇな。そう呆れ返り、俺は船長室を後にした。
でも確かに…少し遅すぎるな。いつもは寝てるベポですら、ソワソワし始めている。
しょうがねぇ…様子でも見に行くか。面倒くせぇトリオだ全く…
俺が船を降りようした瞬間目に入った、船を離れる船長の背中。
「ふふ…」
なんだ、行くなら素直に最初から行って来い。
船長が出向いたのならすぐ戻ってくるだろう。そう安心し、いつもの邪魔者が居ない食堂で優雅に珈琲を入れてると…何やら甲板が騒がしい。やっと戻ったのか?
そして表に出て、俺は言葉を失った。
「さっさと動けッ!!」
普段、怒っても何処かふざけた雰囲気を崩さないあのシャチが、本気でクルーに怒鳴り散らしている…
そんなシャチの姿は、あり得ない程の量であろう血で、ドス黒くなっていた。
それが全てシャチの流したものならば、奴は既に死んでいる筈の出血量だ。じゃあ一体誰のだ…?
…まさか、ミラーか?!
その考えに、俺から一気に血の気が引いていく。
あのシャチの取り乱し方は普通じゃない…クソッ!!やはり迎えに行くべきだった!!
激しく肩で息をし倒れ込むシャチを、寸前で支え話を聞けば…やはりミラーが危険な状態の様だ…
しかも相手はあの悪人ゲッター、イーグル少将だと言う。
(ミラーが撃たれた…)
奴は銃は使わない筈…ならばミラーを撃ったのは誰だ?!
イーグル少将は倒したにしても、確か今のストックは極少量だった筈…無傷の勝利では無いだろう。
クソッ、状況が分からなすぎる!!
だが自分の傷よりミラーの心配をする、何処までもお人好しなこの男を死なせる訳にはいかない。
俺は遂に意識を飛ばして脱力しきったシャチを担ぎ、治療室へ飛び込んだ。
多少の知識は有る。今俺が出来る限りの事をしよう…
そして粗方シャチの治療を終えたと同時に、船長が顔面蒼白でグッタリとしたミラーを抱え飛び込んで来た。
シャチと反対側にある治療台にミラーを寝かせ、勢い良く背中の牙と刀を投げ捨てた船長は、もの凄いスピードで治療に取り掛かる。
「ッ…」
想像以上に酷いミラーの状況に、俺も手伝う。と出しかけた声を思わず飲み込み…俺はそのまま、黙って治療室を後にした。
“ツカツカツカ”
…船長のあんな顔は、クルーである俺は見てはいけない。
「…くそッ」
苦痛に歪ませ、心底辛そうなあんな顔…あれは俺が見て良い、この船のトップの表情じゃあ無い。
あれは一人の…男の顔だ。
俺は自分の無力さに腹が立ち、立ち並ぶ壁を、力任せに思いっきり殴りつけた。
「…?」
その時船が動き出している事に気が付き…待て、解体師の野郎はどうした?!奴も無事では無い筈だぞ…!!
「ッ?!」
俺が甲板へ駆け戻ると、既に岸がどんどん離れていっていた。
「オイッ!!解体師はどうした?!乗ってないのか!!」
近くで錨をまとめていたクルーを問い詰めれば、やはり戻ったのは船長とミラーだけだと言う。クソッ…クソッ!!
「あ、あの…」
激しく奥歯を噛み締める俺へと、先程のクルーが遠慮がちに声を掛けてきた。
「これ、さっき船長が落として行ったんです」
そう言って差し出されたのは、何の変哲も無い小さな鍵…あぁ、これがミラーの錠の…
「…すまなかったな。これは俺から船長へと渡しておくよ」
クルーから鍵を受け取った俺の足は、無意識に食堂へと向かっていた。
辿り着いたドアの向こうには、冷めきった先程の珈琲が一つ、寂しく影を作っている。
“……ガシャーン!!”
俺はそのカップを勢い良く床に払い落とし、再度テーブルを拳で殴りつけたが…その手からは真っ赤な血が流れ出るだけで、気分は全く晴れぬままだった。
現実は残酷
(ペンさん?!血がッ!!)
(…大丈夫だ)
(でも、こんな腫れて…?!)
(すまない…大丈夫だから心配するな)