Novel

□あるところに
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梅雨に入ろうとしている季節。
しとしとと降る雨が心もじめじめと憂鬱にさせていく。

結局テストの結果は赤点は回避できたものの、かなり凄惨な結果となり、ダメツナを見事発揮。教師陣に目をつけられる結果となった。
兄さんには、再びよく入学できたな、と呆れられてしまった。

こんなじめじめとした環境の中、クラスはどことなく浮足立っている。
どうやら、転校生が来るらしい。
でも俺はそれにすごい心がもやもやとする。それはまるで、悪いことの前触れのように。



「こんな時期に転校生かー……」

「この時期ってことは、あれかな。遠くから、なのかな」


イタリア、とか。

いや、考えすぎだ。マフィアというものに囲まれすぎて、だんだんと、そういうものに染まってきている気がする。
これではいけない。



「たとえどんなやつがこようが10代目に失礼な真似はさせませんから!なので安心してください!!」

「あ、あはは……」



ブレのない獄寺君の考えに苦笑いを返しながら考える。



「――」



ふと思い出したのは、あの人の言葉。


「もしこの先の運命が変われば、きっと私たちはもっと早く出会うことになるから」


最後にそう言い残したあの人の姿はまだ、目に焼き付いている。
儚く、寂しげに。でも同時に嬉しそうに笑っていた。
そこで、光は弾けたんだ。

金糸の髪は地下の中にあるはずだというのにキラキラと輝いて、その金の瞳に浮かぶ涙が、とても美しかった。
鼓動が早くなっていったのを、覚えてる。
思い出すだけで、顔に熱が集まるのがわかる。



「10代目…?」


「な、なんでもない!」



彼女は今、どこにいるのだろう。
何度もふと、現れては俺を導いてくれた彼女は、何をしているのだろう。
とても気まぐれで、俺をからかっていつも遊んでいた。その瞬間に、無邪気に笑う笑顔が少女のようで可愛くて。
戦いが終わってもなお、夢で彼女を見ていた。
思い出が美化されていくように、彼女の美しさをさらに、さらに磨いていくように。

また、会えるだろうか。いや、彼女は出会う、と言ったんだ。
なんでだろう。それは、とても、近くに、



「はーいちゅうもーく」




ガラッと勢いよく扉を開いて彼らしくないことを言ったと思えば、そっと扉を閉じた。
チャイムなんてとっくにその役目を1つ、果たした後だった。
最初から席に付いていた俺は移動も何もないけれど、先ほどまでそばにいたはずの獄寺君はとっくに自分の席に移った後で。



「先生先生先生!転入生って!!」


「はいはい。それについて話すからさっさと席に着いてくださいねー石谷君」



手に持った生徒名簿を石谷君に向けて、かつ気だるげにあしらう兄さんはそれを教卓に置くとざっと教室を見渡す。
一人一人、いない人間などいないかと、一瞬のことでありながら、見落としなどないように。



「欠席はいないな。じゃあ、転校生についてだけど、男子で、このクラスだから喜べ。さあ、入って」



女子の歓喜の声は転入生の姿を見た瞬間に消えた。

前髪は長く、目が隠れそうで。大きめの眼鏡で顔はほとんど見えない。
少しぐしゃっとした黒髪と、型崩れした制服がだらしなさを際立たせる。



「……黒金あつしです。仲良くする気、ないんで」



教室を支配する完全たる沈黙。



「……」



眼鏡の奥に赤い光に既視感を感じた。

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