第1部 草木とひだまりのネイチャービレッジ

□第1話 異界の地にこんにちは
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とある星に、一人の少女がいた。
少女の名はル・フィーネ。
8歳という幼さでここ、奏楽惑星アルカノンの後継者に認められた天才少女である。
その実力は確かなものだが、精神は年相応の子供である。
そんな少女はこの日、冒険に出かけようとしていた。
幼い好奇心ゆえの、自然の行動だった。

「お兄ちゃん、遊びに行ってくるね!」
「ああ、余り遅くならないようにな」

9歳離れた兄ル・ランジェへと別れを告げる。
力を持つフィーネが一人で出歩くことは珍しくなかった。
彼女の目的地は、家から少し離れた山。
うきうきと心を躍らせながら家を勢いよく駆け出した。
そして歩くこと数分……。

「はぁ〜! やっと着いたぁ〜!」

彼女は今、山の麓にいた。
険しい山道が彼女を待ち受ける。
軽やかな足並みでその山道を抜けていくと、一際木々の深い場所にたどり着いた。
興味の赴くままにその先に足を進めると……。
そこには、不思議な光景が広がっていた。
周りを木々に囲まれた広い空間があった。
まるでそこだけが別世界であるかのように。

「綺麗……」

その光景にフィーネは感嘆の余り見とれていた。
すると、一羽の蝶がフィーネの周りを飛び回る。
青く光り輝く羽を持った、不思議で幻想的な蝶だった。
その蝶はまるでフィーネを導くかのように、少女の前を飛んでいる。

「付いて来いって、ことなの?」

フィーネは導かれるがままに、その蝶へと付いて行った。
やがて蝶は森の奥底まで行き、そこで消えてしまった。

「消えた……?」

フィーネは蝶が消えた場所まで歩み寄る。
すると突然、視界が歪み出したのだ。

「な、何……!?」

次第に目の前が暗くなっていき――少女の意識はそこで途切れた。

――
「おい……大丈夫か……おい……起きろよ」

誰かの声が聞こえる。
フィーネとそう年の変わらない、だが少し年上の少年のような声。
その声にフィーネは目を覚ます。

「やっと起きたか……お前、大丈夫なのか?」

フィーネが顔を上げると、そこには見たことの無い少年がいた。
茶色い髪の腕白そうな少年だ。

「俺はコウ、お前さっきからずっとここで倒れてたんだぜ」

どうやら少年の名はコウというようだ。
フィーネは不思議そうに周りを見渡す。
しかし、そこは彼女の見慣れた風景ではなかった。

「お前、この辺りじゃ見ない顔だな……外から来たのか?」
「えっと……」

フィーネはこれまでの経緯を説明した。
山へ冒険に行ったこと。
その先に不思議な空間があったこと。
青い蝶を追いかけていたらいつの間にかここにいたこと。

「へえ、不思議なこともあるもんだな」

少年――コウは疑う様子も見せずフィーネの話を聞いていた。
フィーネは思っていた疑問をコウに投げかける。

「あの、ここって……どこなのかな?」

するとコウが答える。

「ここはネイチャービレッジっていう田舎の村だぜ」
「聞いたこと、無い……」

フィーネの表情が不安の色に変わる。
まさか道に迷ってしまったのか。
だが、彼女は山から一歩も外へは出ていない。
気が付いたら、ここにいたのだ。

「ひょっとしたらお前……異世界から来たのかも知れないな」

その答えにフィーネは驚きの表情を見せる。
果たして本当にそのようなことがあるのか。
だが、普通に考えてそれ以外には有り得なかった。
フィーネの不安がますます濃いものへと変わる。
その様子を見てコウが慌てて言葉を加える。

「あ、でも心配すんなよ……きっと帰れるからさ」

それでもフィーネの表情から不安の色が消えることはない。

「分かった、じゃあ俺ん家に来いよ。そこでこれからのことを一緒に考えようぜ」

その言葉を聞いて、フィーネの表情がぱっと明るくなる。

「いいの?」
「ああ! 付いて来い、俺ん家はこっちだ!」

そう言いながらコウは歩き出す。
フィーネは歓喜に心を弾ませ、その後を追う。

「ありがとう! コウ君って優しいんだね!」
「別に、そんなことないよ……」

コウは照れ臭そうにそう答える。

「ところでお前、名前は?」
「あ、そうだ名前言ってなかったね。私はル・フィーネだよ!」
「フィーネだな? これからよろしくな!」
「えへへ、こちらこそよろしくね、コウ君!」

挨拶を終えた二人は談笑しながらコウの家へと向かっていた。
しばらく歩いていると、やがて一軒の家が見えてくる。
どうやらあれが彼の家らしい。
コウが扉を開け、中へと入る。
その後からフィーネも続く。

「ただいまー」
「お邪魔しまーす」

玄関に元気な声が木霊する。

「おかえりー」

すると、女の人の声がそれを迎えてくれた。
どうやらコウの姉のようだった。

「あらぁ、女の子を連れてくるなんて……もしかして彼女ぉ?」
「そんな訳あるか!」
「うふふ、冗談よ」

コウと同じ茶色の髪をした女の人がコウに話しかける。
その様子を見ると、とても仲が良さそうに見えた。

「あ、私……ル・フィーネって言います、よろしくお願いします」
「私はコウの姉の、ミネアよ……よろしくね、フィーネちゃん」

自己紹介を終え、早速本題に入る。
ここまで来た経緯。
そして自分が異世界から来たかも知れないことを。
それを驚いた様子で聞いていたミネアだったが、しばしの沈黙の後、口を開いた。

「それは多分……間違いないわね」

彼女が言うにはそれは珍しいことではないらしく、昔からあちこちで異世界からの移住者が来ているらしい。
そして元の世界へ帰る方法もあると言う。

「私、帰れるの?」

少女の問いに、ミネアはにこやかに微笑みながら頷く。

「良かったじゃん、フィーネ!」
「うん!」

だがどうやら、すぐに帰ることはできないらしく、帰る方法が記された文献が書庫にありそれを探さなくてはならないようだ。
しばらく時間が必要で、ミネアは本が見つかるまでの間フィーネとコウに外で遊んで来るようにと勧めた。

「せっかくの異世界なんだし、どうせなら楽しんで来たら?」

フィーネは楽しそうに頷く。
それを見たミネアもにっこりと笑いながら。

「コウ、フィーネちゃんをよろしくね」

少年は自信満々に頷く。

「私、冒険に行きたいな! もっとこの世界のこと知りたい!」
「分かった、じゃあオレが色んなとこ連れてってやる!」
「やったー!」

少女は楽しそうな笑みを浮かべ、心を弾ませていた。
初めて来る異世界。
これから出会うであろう未知の数々。
考えるだけでわくわくが止まらなかった。

「遊びに行くなら、あまり遅くならないようにね。あと、遠くまではいかないこと」
「分かってるって! じゃあフィーネ、行こうか!」

そう言い、コウがフィーネへと手を差し伸べる。
フィーネは迷うことなくその手を取り、満面の笑みを浮かべた。
ここから始まる長い長い、夢物語。
これはまだほんの序章に過ぎなかった。

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