【腐】バディスン

□抱きつきたいのは今だもん!
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「いーたいた! かーけるくん!」
「おう、レムか」
 廊下を歩いていた葛葉は振り向いて、後ろのレムにひらひらと手を振る。いつも通り何も考えていないような幸せな笑顔を浮かべてやがる、と葛葉は思いながらも、葛葉はレムのことが嫌いではなかった。別に一緒にいても邪魔にはならないからだ。もし走っていいなら全速力でかけてきそうなものだが、スキップなのはレムなりの良心だろう。
「――っ、て、うわあっ!」
 スキップでやってきたかと思うとレムに急に抱きつかれて、葛葉は体のバランスを崩し、廊下の壁に手をついてしまう。それでも手から持っていたプリントがばらばら、と落ちてしまう。
「やっぱり翔クンの体は落ち着くな〜! ボク授業頑張ったから、疲れちゃったんだよ〜! 充電、させて?」
 ちいさな腕が、葛葉の体にぎゅ、と回される。レムは葛葉の首筋に顔を埋める。心底疲れていたのだろう。まるで親にすがりつく子どものように、安心しきった表情で葛葉の体温を確かめていた。
(そういえば、こいつ親がいないんだっけな……)
 葛葉はいつもだったら『うっとうしい』と突き放してしまうのだが、レムの表情を見ていたらなんとなく情のようなものが沸いてしまって、動くのを出来なかった。

「ん……本当に、落ち着く……」
 いままでうるさいくらいだったのに、葛葉の体の温もりに落ち着いたのか、レムは安心したような声でそう漏らす。葛葉の髪に顔を埋める。意図してかしていないのか(恐らく無意識なのだろう)うなじのあたりに、レムの吐息がかかると、葛葉の体がぞくりと震えた。葛葉はその感覚を必死で否定する。
(ばか、そんなところに息を吹きかけるの、やめろって……弱いんだから……。あ、それにしても、プリント、プリント、落としちまったんだ……拾わないとやべえな……でも、そうしたら体、動かさないといけねえし、レムをどかさなきゃいけねえし――っていやいやいや……。どうしてオレはレムに遠慮してるんだっての……)

「……ばか、やめろって」
 葛葉はレムの体をそっと離し、しゃがんで床に散乱したプリントを拾い始めた。
「え……やだった?」
 レムは廊下で立ち尽くしたままで、呆然として――少し傷ついたような表情を浮かべていた。その表情に、葛葉の胸はずきんと痛んだ。そのかわり、
「やだっつってんだろ。突然抱きつくとか、ビックリするじゃねえか」
 葛葉は『まずったかな』と思いつつも――その気持ちがどこからくるのか、なるべく考えないようにしていた。葛葉はそのもやもやとした気持ちを、プリントを集める事で紛らわせようとする。
「なるほど!」
「は?」
 深刻な雰囲気をぶち壊すようなレムの明るい声色に、葛葉は間抜けな声をあげてしまった。
「じゃあ翔クンは〜、『抱きつくよ!』って言ってから抱きつけって言いたいんだね? ふむふむ、なるほどなるほど! 分かったよ」
「は、はぁっ?! そういうわけじゃ――っ!」

 するとレムは床でプリントを集めている葛葉の背中に、強引に抱きついて来た。
「なんで抱きついてんだよ!」
「え? どうして?」
 レムはきょとんとした表情で首を傾げる。
「さっきオマエ『分かったよ』、ってオレの言うこと聞いてたじゃねえか」
「だってボクは翔クンの言い分は分かったけど、ボクが『言ってから抱きつきます!』とは一言も言ってないよ」
「……それにしても、こんな場所じゃなくて、もっとあの部屋とかでも――」
 あの部屋、というのは所謂”開かずの間”――学内にあるレムの家の事だ。その家の事は、学内でも数少ない人物敷かないから、誰かに見られる危険性も少ない。
「それじゃやなの! ボクは一分一秒でも翔クンにぎゅーってしてないとやなの! いつ抱きつくの? 今でしょ!」
「――……」
 呆れた理屈に、葛葉は物も言えなかった。まあ、嘘は言ってねえけどなぁ……と思いつつも。
「それに翔クン聞いたら断るに決まってるし」
 唇をとがらせて、レムはそう付け足した。
「――……」
「わかった?」
「だからって、オレに抱きつかないで、他の奴に抱きついてろよ」
「やーだよ! ボク翔クンのことが好きだから!」
 屈託の無い笑みに呆れたを通り越して、感心してしまう。
「……ったく、なんでそんなこと素直に言うかな。恥ずかしい奴」
「いーもん! 恥ずかしくたって! 我慢は体に悪いもん!」
「――じゃあ、せめて同意を得てからにしろよ」
 葛葉は百歩以上譲歩したような気分になっている。自分はなんだかんだでいつもこうだ。強引なレムをなんだかんだで受け入れてしまう。
「じゃあ、ぎゅーしていい?」
 レムは葛葉に抱きついたまま、そう尋ねる。
「……それって、常識的に抱きつく前に聞くだろ?」
「ヨソはヨソ、ウチはウチ、でしょ?」
「――……」
 葛葉ははぁ、と深い溜め息をつきながらも、まんざらでもない表情で「勝手にしろ」と答えていた。


20140912
〜END〜

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