ディアラヴァ

□神と冒涜
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「シュウさん?」
レイジにご飯が出来たからあの男を呼んできてください、と言われたのでユイはシュウの部屋の前に来ていた。
ノックをするも、返事がない。
「シュウさん?」
それでも返事はない。
恐る恐るユイはシュウの部屋のドアノブに触れる。
――カチャリ、と抵抗なく開く感覚。

ギイ……

そのまま導かれるように、ユイはシュウの部屋に入っていった。
部屋は無機質で、白いベッドには誰も居なかった。
(あれ……?)
ユイの目についたのはバッハのCD。
シュウの好きな作曲家の一人だ。
ユイはそ、とCDのジャケットを手に取り、表面を撫でる。
いつもとらえどころのないシュウを知る手掛かりが見つかったから、ユイはひそかな喜びを覚えた。

タイトルを見て、はた、とユイは違和感を覚えた。
そこには「ヨハネ受難曲」と書かれている。
これはイエスの受難をモチーフにした作品ではないか。
ヴァンパイアは神への信仰心を持った者を苦手とする。
だから、シュウがこのCDを持っているのが意外だった。

「へえ、アンタ人の部屋覗き見るだなんて、いい趣味してんじゃん」
後ろから聞こえたシュウの声に、ユイの体はビクンと跳ね上がる。
そして驚きのあまり慌ててCDを落としそうになるのを、どうにかキャッチする。

「はは、アンタ驚き過ぎ」
シュウの乾いた笑い。ユイはごめんなさい、と素直に謝る。
「別にいいよ。どうせアンタはどうしようもない奴の世話を焼くのが好きなんだろ?
すっげーウゼエけど、もう慣れた」
そういうと、シュウはスッ、とユイの手からバッハのCDを取り上げる。

「なに、アンタこういうの興味あるわけ?」
――興味はあった。
だけれど、それはどうして彼がこのキリスト教をモチーフにした作品を好むのかということ。
その質問を彼にぶつけてみた。
「ふぅん」
す、と彼の目が細められる。
「アンタにしては、なかなかマシな質問だね」

シュウは続ける。
「純粋に一つの作品として美しいからだ。宗教的な話はどうでもいい」
そして、シュウはCDをケースから取り出し、コンポにセットをする。
しばらくすると、どこか悲しげな曲が始まった。
「本当はバッハはアンタには勿体ないんだけどね」
シュウは受難曲に聞き入り始めたようだ。
ユイはふと、自分がここに来た本来の理由を思いだした。
だけれど、ユイはもうすこしだけシュウと一緒にいたかった。

マタイ受難曲を聞きながら、ユイは考えていた。
ヴァンパイアに吸血して快感を得る、快感を与える。
それはいずれも神を冒涜する行為だ。

神を冒涜する私たちはこうして、神の存在を前提としたクラシック音楽を享受している。
その矛盾。

ぽつりと、シュウが発する。
「楽しければ、別にそれでいいだろ?」
そうして、シュウの牙はユイの胸元に穿たれる。

――ああ、彼は何物も恐れはしないのだ。神も、何もかも。

ユイは抵抗しない。いや、恐れのあまりできなかった。
「それは肯定ってことでいいんだよな?」
そして、曲と共に吸血を始めるシュウ。
ユイも不謹慎とは感じつつも、快感から逃れられずにいる。
それは決して逃れられない快感だけが理由ではない。

――どこかで、彼とのつながりを求めている自分がいる。
そのことをユイは感じていた。

シュウは自分がいなくなったらどう思うのか?
寂しさを感じてくれたりするのだろうか?
そんなことを聞いて、もしシュウがこちらを見向きもしていなかったらと思うと、悲しくて聞けない気持ちになる。
ただこうして、血を捧げるだけの身。
それでも構わなかった。
精神的な繋がりを得ることが敵わないのだったら、せめてこの血の繋がりだけは無くしたくない。
~fin~
2012.10.12

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