バディスン 2014/Aug〜

□大切な日
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 加修先生の誕生日を知ったのは、昼休みの化学室でのこんなやりとりがきっかけだった。
「先生の誕生日って、いつなんですか?」
「確か今日だったのかな?」
 加修先生は何事もなくさらりとそう言うけれど、驚かないはずが無い。
「えっ、今日ですか?! どうしよう、お祝いしたいのに何も用意していないです」
 落ち込んでいる私とは対照的に、加修先生はけろりとしている。
「いいよ、そんなの。誕生日っていっても、孤児院の人達が勝手に決めただけだからね」
「どういうことですか?」
「ボクみたいに拾われたけれど、誕生日のわからない子は便宜上拾われた日を誕生日って決めてくれるんだ。そうすれば、孤児院で誰かだけ誕生日を祝ってもらえない、なんて不公平なことがなくなるし、色んな手続きの関係で誕生日があった方が便利になるからね。――だから、それだけなの」 
「はい……」
「うんうん、だからキミが落ち込む必要全然なーし! いい?」
「そうだったんですか……」
「わわ、もしかして、ヒナちゃんのこと落ち込ませちゃった? やだなあ、本当に落ち込まなくたっていいのにな〜」
 加修先生が心配したように顔を覗きこむ。
「それに、誕生日なんて大した事無いんだよ。どうせ死んじゃうんだから、祝っても意味ないの」
 加修先生が続けたその言葉に、私は少しばかりショックを受けた。加修先生は”実験”を称して自殺を仄めかす電話を送って来たり、屋上の上から飛び降りようとしたり、自分の死ぬ事を軽んじるところがあった。だからきっと加修先生は、死ぬ事と同様に生まれたことも大した事だと思っていないのかもしれない。
 だからと言って、私は頭ごなしに加修先生を怒りたくはなかった。そんなことをしても加修先生は『私が怒ったからいけないことなんだ』とは思っても、心から自分が生まれて来てくれたことの大切さに気づいてはくれないだろうと思ったからだ。

――加修先生が生まれて来てくれたことを感謝する方法……
(すっごいパーティーを開いてくれたら、先生も感動してくれるかな!)
「そうだ、先生、パーティーを開きましょう! お誕生日パーティーです!」
「え、ほんと?! パーティー?! ……でも、随分急だね? どうして?」
 加修先生は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「思ったときが一番いい時なんですよ!」
「そっか〜! 実験も、やりたい時が一番いい時だもんね! パーティー、パーティー、楽しみだな、えへへ! 何かする事ある?」
「加修先生はこのパーティーの主役なんですから、何もしなくていいんですよ」
「う〜ん、でも何もしないのもつまらないな〜……」
 そう言うと、加修先生は私の傍に近づいて来てじーっと私を眺めているようだった。
「……何してるんですか?」
「ヒナちゃんの観察」
「そんなことしなくていいですから」
「あっ、すねちゃった?」
 加修先生がツンツン、と私の頬を人差し指で突っついてくる。
「ほっぺぷにぷにだね〜かわいいな!」
「それもいいですから! 先生はお仕事を片付けてくださっていれば大丈夫ですよ!」
「う〜んそう……残念だけど、まあいいか! 午後も授業があるしね。パーティー、楽しみにしてるね!」
 少しがっかりしたようだけれど、すぐににこにことした笑顔に戻った先生は化学室を後にするのだった。

(よし、私も頑張らないと!)
 とはいえ、今日の放課後急に、なんて言われても難しい事を思い知らされる事となる。

 私はまずクラスの生徒に呼びかけたのだが……
「えええっ、加修先生の誕生日って今日だったの?!」
「全然知らなかった〜!」
 当然の如く、クラスメイトからはこんな反応が帰って来た。加修先生は孤児院によって決められた仮の誕生日を公にする人ではなかったのだろう。私は緊張しながら続ける。
「それで急なんだけど、今日の放課後、誕生日パーティーに参加してもらいたいんだけど……」
「う〜ん、今日の放課後かぁ。ちょっと急すぎてダメかな」
「私も部活あるし無理〜」
「そういうのは数日前から言ってくれないと」
「そうだよね……」
 当然、今日の放課後と言ってウンと言ってくれる生徒などそうそう居るはずも無い。

「おや、君たち、どうしたんですか? 随分盛り上がっているみたいですけれど」
「柳先生……!」
「今日の放課後何をするつもりなんですか?
 誰にも言いませんから、先生にも教えてくれませんか?」
そんな生徒達が集う群れの中に、にこにことした柳先生が顔を覗き込ませて来た。
私のクラスの午後の初めの授業が公民だったから、少し早めに来ていたようだ。
「そんな! やましい事じゃないんですよ!」
 クラスメイトのひとりが柳先生に悪巧みをしているのかと思って焦り出す。
「本当かなぁ? 怪しいですねぇ……本当のところはどうなんですか、川奈さん?」
「それは……」

 私は柳先生に誕生日パーティーのことを説明した。
「ふむ……なるほど。レムくんの誕生日パーティーですか。
 なかなか面白いですが、ここは学校ですし、何より今日の放課後。準備期間があるとは言えません」
「そうですよね……」
「ねえ、川奈さん。
 本当に、お誕生日でお祝いするからと言って、お金をかけたものでなくてはいけないのでしょうか?」
「それはどういうことですか?」
 柳先生の言葉に、私は首を傾げる。
「豪華な物でなくても、ちっぽけな言葉でも、人は案外よろこぶものですよ。
 ……俺からあげられるヒントは、それまでです。
 はい、それじゃあそろそろ授業を始めますよ。皆、席に着いてください」
(ちっぽけな言葉でも……加修先生をよろこばせる方法……)
 私は柳先生の言葉の意味を考えていた。

 休み時間になると、ちらほらとこんなやりとりが見られるようになった。
「こんにちは、加修先生! あの、お誕生日、おめでとうございます!」
 学生の言葉に、少しだけ目を丸くする。
「あれれ? キミはどうして今日がボクの誕生日だって知ってるの? いつか言ったかな〜?」
「川奈さんに聞いたんです」
「ふ〜ん。そっか。ありがとう!」
「よ、レム。ハッピーバースデー、ってな」
 加修がにこにこと笑みを浮かべていると、葛葉が加修の肩をポンと叩いた。
「あっ、翔クン! うん、ありがとう!」
「今日は学園中、すっかりオマエの誕生日祝いムード一色だな。……これも川奈のせいか?」
「そうみたいだね。……なんだかこういう雰囲気は、ちょっと嬉しいかも」
 加修ははにかむように、笑みを浮かべた。

 そして放課後。
(どうしよう……)
 結局、パーティーを企画したのはいいものの、即席で開ける物は何も無かった。『パーティーは出来ませんでした』なんて言ってしまえば、化学室に居る加修先生ががっかりした顔を見せるんじゃないか。そう思うと、悲しくてたまらない。
(それでも、言わなくちゃ駄目だよね……)
 私は化学室の扉を開けて振り向いた加修先生に頭を下げた。
「ごめんなさい、加修先生!」
「どうしたの、ヒナちゃん?」
「パーティー、開けないみたいです……」
「それはいいんだけど……」
 加修先生は驚いた様子を見せなかった。それに、がっかりとした様子も。
「聞かせてくれるかな? そもそも、キミはどうしてパーティーを開いてくれようとしたの?」
「……それは……先生の誕生日が大事な日だって気づいて欲しかったんです。
 先生は”誕生日なんて大した事無い”って言ったけど、そうじゃないってことを」
 皆に大々的にお祝いしてもらえれば、加修先生にそのことを気づいてもらえると思ったのに。
――どうも、私はうまく動けないみたいだ。

 俯いてしまった私の頭を、先生は優しく撫でてくれた。
「……分かってるよ。ボクにとって、誕生日は大事な日だって気づけたよ」
「……え?」
「キミが皆に、『今日はボクの誕生日だよ』って教えてくれたんでしょう?
 だから、色んな生徒や、先生がボクの誕生日をお祝いしてくれたよ。すごく嬉しかった」
「……でも、何も用意とか出来てないのに……」
 そう言うと、先生は首を振った。
「そうじゃない、特別な物が欲しいわけじゃないよ。ボクが嬉しかったのはね、皆がボクが生まれて来た事を、とっても嬉しい事だって思ってくれているのが伝わって来たからなんだ。どうして皆が誕生日が大事だな、って思うのか、少し分かった気がする。……そのきっかけをくれたのは、皆にボクの誕生日を教えてくれたキミ」
 私の身体を、先生は優しく抱きしめてくれる。先生の鼓動が、伝わってくる。先生の本当の誕生日がいつかなんて、私には分からない。もしかしたら、今日じゃないのかもしれない。だけど、こうして私の大切な人を祝える日を与えてくれた孤児院の人に、私は感謝をしたいと思う。

「……それに、パーティーなら来年もできるでしょ?」
「……先生」
 それは、『来年も傍に居てくれるか』という質問だ。
先生の質問に「勿論です」と力強く頷く。パーティーが失敗したのに先生が許してくれた事。来年も傍に居ていい事。皆が先生の誕生を祝ってくれた事。いろんなことで胸がぐしゃぐしゃになって、涙が止まらない。
「そうしたら、今度こそ先生のためにとびっきりのパーティーを皆を巻き込んで開きます……」
「その時は、お願いね。チョコレートに、飴に、ケーキに……。
 ボクのために甘いものをたっぷり用意してくれないと、ボク、許さないんだからね」
「もし用意出来なかったら……」
「すっごい怒っちゃうかも」
『怒っちゃう』と言うけれど、加修先生の声色は優しい。

 私は柳先生の言葉を思い出す。”ちっぽけな言葉でも、人はよろこぶ”と。豪華な物が無くても、先生は大切な事に気づいてくれた。喜んでくれた。
「大切な事に気づかせてくれて、ありがとう。それから、ボクの誕生日に一緒に居てくれて、ありがとう。これからも、一緒に居てね」
「はい、勿論です……」
私は涙ながらに、頷くのだった。


20140801
〜END〜

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