バディスン 2014/Aug〜

□Cherish this moment.
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 深夜の大学の図書館を、静寂が支配している。
周りを見渡せば、私たちを覆い尽くすほどの目眩がしてきそうなほどの本の群れがある。
その中だと、私たちはとてもちっぽけな存在に思えてしまう。
ドーム型の天井からは、微かに月光が差し込んで来ている。
それが要さんのくっきりとした目鼻立ちを青白く照らした。

「……遭いたかった」
「要さん」
 彼の右手が私の身体をそっと引き寄せると、私の空いた右手には、要さんの左手が絡められる。
手を握られたときの手袋の革の感触――全てが懐かしい。
そして、要さんは私の胸に顔を埋めて微笑むのだった。
「ああ……君の匂いだ。すごく落ち着く」
「要さん、私も遭いたかったです」
 彼のどきどきとした鼓動が伝わってくるーー要さん自身の香りがする。落ち着いた声もとても懐かしい。
時折くれる手紙で心は一緒だったけれど、身体はずっと離れていた。
恋しいときに、傍に居ない。彼の温もりを感じる事さえ出来ない。
彼とずっと一緒にいる事はアメリカに来た時点で諦めていた事だ。

――これは私の夢で、彼も応援してくれているのだから、私も頑張らないと。

 頭ではそう割り切っていた。
だけどいざこうして彼に触れてしまうと、触れたくても触れられなかった日々を
取り戻そうとするかのように、身体がどうしても彼を求めてしまう。
『明日のフライトで帰るから』
 要さんがこちらにいられる時間は長くない。だから、
この要さんが居ない土地で頑張ろうという心が、どこか挫けてしまう。

「……ヒナ、泣いているのか?」
 要さんの指摘で私は気づいた――気づけば、私は目から涙が流れていた。
――そうか、私、泣いていたんだ。
「ごめんなさい、私、要さんに遭えたのが嬉しくて……」
「違うんだろう? 恋人には思った事は素直に言ってくれないと。
 ……寂しいんじゃないのか?」
 先生は私に絡めた指を解くと、ポケットから取り出したハンカチで私の涙を拭ってくれる。
「そうです……要さんは何でも分かるんですね」
「そんなことは分かるさ。俺だってホームシックになったことはあるし、
 寝ても覚めても恋人が傍に居ないんだ。――寂しくならないわけがない」
 要さんは苦笑する。
「――俺は、君が頑張っていることが誇らしいよ。
 本当だったら俺も君といろんなことをしてみたい。ハグ以上の事だって勿論。
 だけど、今は我慢するよ。
 その代わり、君がここを卒業したら、もっと素敵になった君と沢山思い出を作りたい。
 ……そのときに、俺ももっといい男になっているって約束するから……いいかな?」
「……はい」
「フフ、いい子だ。愛しているよ、ヒナ」
 そう言うと要さんは私の髪を撫で、額に唇を落とした。

 つかの間の要さんの腕の温もりを嬉しく思う――でも、この温もりはすぐに離れてしまう。
「君の帰る場所は俺が守っているから、君も頑張るんだぞ」
「はい……」

――Cherish this moment.
この瞬間を胸に秘める。

 今だけは――このままで。
私は目を閉じて、要さんの温もりと、伝わる鼓動を味わうのだった。


〜END〜
20140807

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