バディスン 2014/Aug〜

□逃亡の夜
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 遼太さんは宣言どおり、私をさらってくれた。
 私はただ、遼太さんの後ろをついていく。電車に揺られていると――今まで暮らしていた住宅街の景色は遠くへと去っていく。
 ふと電車の外を見ると、日が傾いて来ているのが分かる。ファミレスで談笑している母親は、学校からずっと帰ってこない娘の事を心配しはじめた頃だろうか? 両親からも友達も、きっと私たちの行方を知る事はないだろう。

 夕方の時間帯だが、まだラッシュアワーではないためか、座席にはまばらに空席が見られた。電車に揺られながら、私は周りを見渡す。
「私たちのこと……周りの人からはどう映っているんでしょうね」
「さあな」
 私の問いかけに、至極どうでもよさげな遼太さんの声が返って来た。
 周りからどう思われようとどうでもいい――それが遼太さんの考えなのだろう。以前遼太さんは「この世はどうしようもないクズばかりだ」そんなことを言っていた気がする。――もし彼らに本気で意識を傾けようとしたら、イライラするから、とか。だから、あえて遼太さんは周りに強い関心を示す事は無い。
 それでも、敢えて聞いてみたかった。私の事を遼太さんがどう見ているのか確認したかった。
「お父さんと娘……でしょうか?」
「俺にこんな教師を口説くインモラルなガキがいてたまるか。それに……」
 そう言って遼太さんは私の右手をとって、手を絡めてくる。
「ほら、こうすれば恋人にしか見えないだろう? イイ年をして、娘とベタベタ手を絡める父親がいてたまるか。何ならもっと激しいコトをここでしてやろうか?」
「……っ」
 柳先生の顔が近づけられ、私は何も言えなくなる。
「……ああ、何ならここでキスでもしてみましょうか? そうすれば俺がお前の恋人だって誰だって信じるはずですよ?」
「……そんな言い方は、先生みたいで狡いです」
「悲しいなぁ。俺は君の先生だったと言うのに」
 柳先生は心にも無い溜め息をつく。
「それもさっき終わりました」
「……それもそうだな」
 それにしても私は――柳先生に顔を近づけられたとき、身体が少しすくみあがってしまった。あれほど、頑に決意したのに、だ。
――遼太さんの手で誰も知らない世界へと、私は連れ去られようとしているのだと、改めて実感する。
「もうお前は教師ではないし、お前ももう聖クリストファー學園の生徒ではない。
 お前は自分が”共犯者”だと宣言したな? だから共犯である俺以外の誰にも守ってはもらえない」
「……わ、私は遼太さんと一緒にいくって決めたんです」
「ふうん、負けず嫌いなことで」
「それはもう学生時代の私を見ていて知っていた事でしょう?」
「まあ、な。俺もこんなクソガキを連れて行く事になるとは思わなかったよ」
――そうだ、私は決めたのだ。遼太さんの共犯者としてついていくと。

『次はー……次はー……』
列車のアナウンスと共に、遼太さんは席を立ち上がって、荷物を降ろし始めた。
「ここで降りるぞ」
「また乗り換えですか?」
「そうだ。……疲れたのか? さっきまで眠っていれば良かったのに」
「平気です」
 私が首を振ると、遼太さんは「ふうん」と言って荷物を背負った。なんだかんだで、遼太さんが私の体調を気遣ってくれているのが分かる。そして電車を乗り換えて、森の景色、都会、色々な街を私の視界を通り過ぎていった。私は遼太さんと別の世界へと、行ってしまうのだと実感するのだった。日はだんだんと沈んでいき、辺りは真っ暗になっていった。

「よし、次で降りるぞ。ほら」
「あ、待ってください!」
 すっかり知らない街に来てしまったーー見渡した所住宅街らしいが、ここには知らない人しか居ない。似ているようで、どこか知らない街。
 改札を抜け、住宅街を抜ける。
「……ここだ」
あるマンションで歩を止める。
「ここが、そこですか?」
「逃亡生活にはうってつけだろう? 誰にも知られず……親にも、友人にも……」
「遼太さん……」

 遼太さんと入ったマンションの一室。その部屋のスイッチを遼太さんがつける。必要最低限の家具しかとりつけられていない、シンプルな部屋だと思う。すると、遼太さんの手が私の腰を引き寄せた。
「どうだ? 逃亡生活とは思えないほど、いい部屋だろう?」
「はい……」
「弱いクズは、強いクズに守られていればいい……そうだろう? だから、弱いお前を守ってやるよ……さあ、来い」
 遼太さんにぐいと腰を引き寄せられ、ソファに体を預けさせられる。そして、私のシャツのボタンを遼太さんが外して、首元にキスを落とした。
「まさか、こういう事が怖いのか?」
「……いえ」
 今の私は毅然と振る舞えているだろうか。遼太さんにすべてを曝け出す事に怯えては居ないだろうか。
「俺の共犯になる、ってことは、いずれは、”こういうことをする”って事だよ。今からでも遅くはない。くくっ……まさかお前、怖じ気づいたのか? だったら今すぐ引き返して、パパやママに『家出をしてゴメンナサイ、もうしません』って、泣きベソかいて謝って来たらどうだ? そうすれば、お前はまだあのお前が一度貶めた”クソみたいな倫理の世界”とやらにもう一度守ってもらえるはずだぞ。……腐っても、最優秀模範生徒だしな」
 遼太さんの挑発。きっと、ここまで来たらもう引き返せない、とでも言いたいのだろう。
「……もう、どうやってここまで来たのかなんて分かりません」
「だったら俺が案内してやる」
「それに……遼太さんは私を守ってくれると言いましたよね? でしたら私を連れ去っておいて、無責任な事を言わないでください」
 私の言葉に、遼太さんはくっく、と喉をならす。
「は! 連れ去れ、って言ったくせに、連れ去っておいて……って脅すとは、なんともやくざな共犯者だな、お前は」
「遼太さんを好きになるくらいなら、これくらいじゃないと出来ません」
「それもそうか……」
 遼太さんは、ソファにもたれかかる私の体を暴いて、キスを落としていく――きっとそれは、共犯者の証だ。
「お前は罪を犯すんだ。親も、友人も、すべて裏切って。それはお前の意思だ。俺のせいじゃない。すべてお前の意思……そういうことだ」
私はその言葉に、頷いていた。そして遼太さんの腰に腕を回して貪欲に彼を求めるのだった。

「……ああ、起きたのか?」
 目を覚ますと、私はベッドに横たわっていた。私は遼太さんの逞しい胸に包まれていた。彼の乱れた白いシャツで、寝るまでのことを思い出して、少し恥ずかしくなる。
「何を恥ずかしがっているんだ? さっきまでのことを思い出したのか?」
「……はい」
「まったく……これからは俺がずっと君の傍に居て、こうやって隣で寝る事になるんですよ?
こんな事で照れていては、身が持たないでしょう?」
「それは……そうですけど……」
 遼太さんを直視できずに、顔をふいとそらすと、外でざあざあ、と雨が降っているのに気づいた。
「……雨、降ってますね」
「ああ……」
 私はその雨の音に、何故だか不吉な予感を覚えた。
「これから私、どうなるんでしょうか……」
「さあ、な」
 ふう、と遼太さんは溜め息をついた。私を攫った遼太さんと、私にはひょっとすると明るい未来は待っていないのかもしれない。それでも、私はずっと、この人と一緒にいたい。この人の見せてくれる世界を知りたい。
「遼太さん、好きです……」
「ああ、ずっとお前を守ってやるからな」
 私は遼太さんの言葉に安堵し、遼太さんの胸に身を委ねるのだった。


20140831
〜END〜

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