その他

□初物
1ページ/1ページ

 吉原の入り口で、珍しい奴にあった。

「あー、万屋の旦那じゃねえですかィ」

 色素の薄い王子様面のサド君だ。昼間に制服着て河っぺりや甘味処周辺をふらふらしてんのはしょっちゅう見かけるが、私服は初めて見る。つか、巡回のさぼり以外で一人でいるのってめずらしくね?
 と思ったんで聞いてみた。

「ゴリラか土方君一緒じゃねーの?」
「ゴリラはキャバクラでィ。土方さんはかれこれ3週間ぶりの非番なもんで、昼過ぎから爆睡中ですよ」
「ぅわー、なんつーか相変わらずなんだね君ら。で、総一郎君はこんなとこに何の御用?未成年は夜遊びしちゃだめよー」
「旦那も意外と真面目ですよねィ」
「一応これでも未成年二人の保護者してんだよ。んで総一郎くんのご用は?」
「ん―――…。まあそれは。男が夜にこんなとこ来るって言ったら理由はひとつでしょう?」
「あ゛―――やっぱりかよ。まいったなー。面倒だなー。会わなかったことにしてーなー。でも見ちゃったもんなー」
「止めますかィ?」
「わかってんなら引き返してよ。いくら銀さんでもさすがに未成年見過ごせないからね?君んとこの保護者らに知られたら俺殺されるからね?」
「…近藤さんはともかく土方さんは保護者じゃねぇやぃ」
「あの二人が保護者な自覚はあるんだ」
「…ふん」
「だったらさーわかんでしょ。男同士だからね、たまんねーって時があんのはわかるけどね。やっぱよくないでしょ。未成年だしね。成人してれば銀さん何も言わないよ。だからあれだよ。せめてAVとか雑誌とかさーその辺で手ぇ打たない?いいの紹介するよ?ちなみに総一郎君は巨乳派?貧乳派?銀さんの使用済でよければ売ったげてもいいよ」
「…悪ィけど、有難迷惑ってやつでさぁ。ネタは毎日充分拝んでますんで」
「へー。…ちょっと意外」
「旦那なんであえてここはぶっちゃけちまいますけどね」
「うんうん」
「実は俺、まだ童貞なんです」
「えっ…マジで?総一郎君もてそうなのに。超意外なんですけど」
「マジも大マジ。だってちょっと考えてみてくださいよ。関係者以外立ち入り禁止の屯所暮らしで女を連れ込むなんてできるわけねーんで。しかも江戸に出てくる前から男ばっかの大所帯で出会いなんてあるわけねーでしょうが」
「あー…」
「そんなわけで、やむを得ず商売女で童貞捨てに来たわけですが。まだ邪魔しやがりますかィ?」
「うーん。気の毒っちゃあ気の毒ではあるんだよなー。けどほらやっぱそういうのは好きな娘とってのがいいんじゃないかなーと思うんだけど」
「旦那の言うのももっともでィ」
「それじゃあ」
「けど、初めてどうしは悲惨だともいいますしねィ」
「……もしかして総一郎君。好きな人、いるの?」
「…」
「へーあー、そうなんだー」

 あの沖田君が片思い!?というびっくり告白より、俺は色白な頬を染めて視線をそらすなんてあからさまな反応を示した沖田君の初心さに驚いた。

(これはマジか)

 あのサド王子が恋!

 脳裏に出会ってからのあれこれが過る。ゴリラ一直線の沖田君がしっかりどこかで可愛い子を見染めてたこともびっくりだし、無敵のサド王子にこんな初心な反応をさせちゃうほど惚れさせてる彼女ってのにもびっくりだ。

「いやでも、それだったら余計にその彼女にお願いした方がいいんじゃないかなーと思うけど」
「そして流血の悲惨な思い出を胸にグッバイしてしまえと、そーゆー魂胆で?」
「ちがうって!いくら銀さんでもそこまでSじゃないから!沖田君と一緒にしないで!」
「俺だってそんな哀れなこと言えませんぜ。旦那ァひでェお人でィ」
「違います違うから!」
「つまりそんな悲惨なことにならねーように女ァ紹介してくださると」
「えー、だからんなんでそうなんの?何でいつの間にか銀さん紹介することになってんの?銀さんだって紹介されたいのに!」
「まあ贅沢はいわねェや。病気持ちでない千人斬りのテクニシャンな黒髪美人で手を打ちましょうや」
「うっわ、それ充分贅沢だって!」
「やー、いいとこで旦那に会えてほんとに助かったねィ」

 そんな訳で、上機嫌鼻歌交じりの沖田君を、せめて後であの過保護な保護者どもに文句を言われないお相手に紹介するために、俺は伝手を求めて頭をフル回転させることになった。
 沖田君の思いがけない純情に、ちょこっと古傷が痛んだり胸がほっこりしたり色々と痛い感じでもあったわけだけど。
 まあ変な相手に引っかからせなくすんでよかったんではないかなー。


 後日。例の三人組が仲良く歩いているところに遭遇した。ゴリラと土方君の非番は絶対重ならないようになってるので、出動中以外、外で三人で歩いてるってのは非常に珍しい。実際、土方君と沖田君は制服だったから、たまたま二人の巡回タイムとコースがゴリラの外出と重なっただけなんだろう。
 ゴリラは相変わらずで、どうやら総一郎君の秘密の夜のお出かけについてはまだ知らないらしいと胸をなでおろしかけた途端、横の黒髪ストレートから物凄い視線が投げつけられた。
 あれもう、銀さんじゃなかったらその場で即死だよ。必殺の睨みつけだった。思わず反射的「やんのかゴラァ!」と口走りかけて、横でふわわーんと幸せそのもののハートを飛ばしてる沖田君に気を抜かれて、「じゃあねー」とサヨナラした。意外なことに、いつもなら歯をむき出して噛みついてくる土方君が、何も言わずに通してくれた。
 なんだろうねあれは。とりあえず、沖田君は悲惨な思い出を心のアルバムに閉じなくてすんだらしい。なんか悔しいので、そのうち嫌がらせをしてやろうと思います。あれ、作文?まる。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ