その他

□domino
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 近藤さんの道場からの帰り道。
 楽しそうに俺と手を繋いで帰る姉上。姉上が機嫌がよければ自動的に俺も機嫌がよく、夕焼けの中を二人仲良く帰ったものだ。

「総ちゃん、聞いて。今日、十四郎さんがね、手拭を持っていったらありがとうっていってくれたの。照れちゃってちっともこっちを見てくれないんだけどとってもかわいいの!」
「そいつは無視してるんでさァ、奴は女なんか興味ねェってクールぶってる気取り屋ですぜィ」

 奴がクールぶってるとするなら、その頃の俺は大人ぶってる嫌な子供だった。

「やだ総ちゃん!そんなんじゃないわよ。わたしあんまり十四郎さんがかわいいから、思わず意地悪して十四郎さんの前を行ったり来たりしたら真っ赤になって『近藤さん、走ってくる!』って走って行っちゃったわ」
「逃げたんですかィ、男の風上にもおけねェや」

 今は知ってる。奴が下手したら姉上よりずっと初心な男だってこと。




 日差しが暑くなってきた頃、バテ気味だった姉上が珍しく早くから起きていた。

「今日は朝から気分が好いのよ。いつもお世話になってるし十四郎さんたちにお握り差し入れしようと思うんだけど、総ちゃんは何味がいい?」

 なぜ突然そんなことを言いだしたのか俺は知ってる。今日は道場の対抗試合で奴が初めて先鋒に出る日だからだ。姉上の体調が良いらしいと知ってそれだけで機嫌が上向いていた俺の機嫌は、その名を聞いただけで下降線をたどったものだ。だからつい意地悪で手のかかる物を言ってしまう。

「姉上の焼きおにぎりが食べたい」
「ふんふん。ねえ、…十四郎さんは何が好きかしら?十四郎さんに食べてもらうのは初めてだからできるだけ好きなものがいいと思うのだけど」

 なのに姉上は気にした素振りもない。それでもきっと、差し入れにはちゃんと焼きおにぎりがあるんだろう。

「…土方さんはマヨが好きですぜィ」
「でも、そのままっていうのも捻りが無いし。そうだ!カツオと和えましょう!きっと美味しいわ!」

 どんなに美味いものを作ったところで、奴のマヨに埋もれさせられちまえば味なんてきっと全部同じなのに。




「今日は十四郎さんが迎えに来てくれたわ。並んで歩いたの。夕立の後で十四郎さんの横顔がとってもきれいだった。途中に水たまりが広がっているところがあって、手を貸してもらって渡ったわ」

 胸の前に手を当てて伏し目がちな姉上を俺は子供心にも本当にきれいだと思った。

「ねェ総ちゃん、あの人のことを思うと胸が痛いの。みんなと一緒にいられてとても幸せなのにどうしてかしら」

 姉上の胸は俺といても痛いのだろうか。アイツといれば痛まないのだろうか。




 最近姉上を見ていると苛々する。姉上が嫌いだと言うわけじゃない。ただ、姉上の口から最近よく出て来る男の名が気に食わない。その名を口にする姉上が幸せそうなのが気に食わない。いっそ、アイツの悪い噂を姉上に教えてズタズタに傷つけてしまおうか。姉上に避けられたら、アイツも傷ついた顔を見せてくれるだろうか。そんな酷いことを考えるようになってしまった。
 お願いです姉上、俺の前でアイツの名前を出さないでください。でないと俺はもっと悪い子になってしまいそうです。
 こんなひどいことを考えている顔なんて、きれいな姉上には絶対見せられない。だからそう言う時、俺は走ることにしている。でも、無我夢中で走って迷子になった俺を探しに来るのはアイツなんだ。夕焼けの中で見る白い顔は確かに美しかった。




「おい総悟、帽子かぶってけ。日射病になったらどうするんだ」
「うるせェ、そんな柔じゃねェや!」

 気安く俺の名を呼ぶな。優しくするな。呼ばれるだけで頬が熱を持つ。優しくされたら泣きたくて息が止まりそうになるんだ。
 みんなの後を歩きながら水たまりを覗く。恥ずかしい。なんて面してるんだ。なんで俺がこんな恥ずかしい思いをしなくちゃいけないんだ。腹が立つ。悔しくて奴の足を思いっきり蹴って前に行き、近藤さんの隣を奪ってやった。近藤さんは笑って俺の頭を撫でてくれた、それは俺の頭に帽子を乗せた手とは全然違って白くも細くもない武骨な手だった。




 誰も彼も十四郎さん十四郎さんってうるさいんだよ。俺の前でアイツの名前を出すな。俺に無断でアイツの名前を呼ぶな!
 俺が呼べない名をみんなが容易く口にするのが苛々した。俺に向けられた優しさが俺だけに向けられたものでないことが嫌だった。
 いっそアイツの嫌な話をみんなに吹き込んで誰もアイツに近寄らないようにしてやろうか。きっとそれは簡単だ。人の心なんて、ちょっと押すだけでドミノ倒しみたいに傾いていく。そんなことを俺が考えているなんてアンタはきっと想像もしないんだろうな。いつまでも懐かない子供に触れる手が、触れる前に一瞬だけ躊躇うようになったのに俺が気づいていないとでも思うのか。これ以上アンタが遠くに行ったらと思うと怖くてできないからしないけど。
 でも俺のものになりもしないアンタを見ていると 時々無性に、全部を壊してしまいたくなるんだ。
 ねえ、

「どうしたってアンタは俺のものにならないんですからねィ、土方さァん」





※BGM:ド/ミ/ノ/倒/し(song by ヤ/マ/イ)
 これ聞いてると沖田しか思いつかないんですけど。むしろ沖田なんですけど。

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