その他
□初顔合わせ - 連載中
4ページ/4ページ
――松平と土方、狸と狐の契約――
「トシよ。おめーの方から会いたいたァ珍しいなあ」
警察庁に出向き、松平の爺に会いたいと言って5時間後、ようやく俺は執務室に案内された。『アポイントメントはお取りですか』と美人の秘書に笑顔で言われた時は手ェ突っ込んで奥歯がたがた言わせたろうかと思うほど腹が立ったがな。
「随分お忙しいこって」
「おうよ。今日も朝から陳情だなんだと列作ってやがって――、お、ようやく来たか」
嫌味のつもりだったがまともに答えられて閉口した。きれいな笑顔で門前で人を足止めしやがった秘書が重箱を持って入ってくる。時計を見れば既に15時。まさかおやつの時間とか言いだしゃしねェだろうな。ありえねェと思いつつやりかねねェのがこの爺の怖ェとこだ。が、蓋を開けば普通に卵焼きや青菜のお浸し、白い飯が並ぶ弁当だった。
「飯くらい時間通りに食いてェもんだが。なかなかその暇も取れやしねェ」
あぽいんとめんととやらを取らなかったせいで嫌がらせされてんのかとばかり思ったが、違ったのか。そういや、次々に執務室に人が入って行ったっけ。
「食いながら話すのは行儀が悪ィが、おめーはそんなこと気にしねェだろ。今日はこの後もずっと予定が詰まってて、飛び入りのおめーにくれてやれんのはこの時間だけだァしな」
「充分だ」
俺がしてもらいたいのはたった一つ。爺の配下にいるお庭番に繋ぎを取ってもらいてェ、それだけだ。
「そりゃかまわねェけどよお。あいつらは一筋縄でいく奴らじゃねェぞ。おじさん心配だなあ」
ちゃんと説明してみろと促され、俺はここしばらく考えていたことを話した。
真選組がこれから活動していくにあたって必要なこと、そのために欠けているもの、埋める手段。
「ふうん」
狸親父は最後まで黙っていた。
「よく考えてるたァ思うがなあ」
「なんだよ。なんかあんならはっきり言ってくれ」
「浪士連中の情報なら奉行所にあんだろ。それじゃあ駄目なのか」
「奉行所が把握してんのは過去に問題を起した奴らだけだろ。それにそいつらが今どうしてるかの継続調査はしてねェ。今のまんまじゃどうしたって俺らは後手に回るしかねェンだ。先手が打ちたい」
「先手ったって、まだ何もしてねェ連中を逮捕できるほどおめーらの権限はねえぞ」
それはわかってる。あんまり褒められたもんじゃねェ手も幾つか考えてはいる。言う気はねェが。
「なんとでもしようはあんだろ。多少の泥はかぶるさ。それで城やステーションみてェなとこで破壊行為をされるよりはマシだ。違ェか」
「――なあトシ。おめーの言うのももっともだぜ。けどなあ、おじさんにも立場ってもんがあんのよ。無茶しようとしてる部下がいれば諌めンのが仕事なの。わかンだろォ」
は。こっちの考えはお見通しってわけか。当たり前だ。相手は俺たちがこの仕事に付くよりずっと前から化け物だらけの江戸城を泳ぎ、天人や攘夷浪士の有象無象を相手にしてきた狸だ。歯噛みをするような悔しい思いだって何度もしてきたはずだ。
だがここで退いちゃ武州のバラガキの名がすたるってもんだ。
「お偉い長官殿にはできなくても俺たちにはできるぜ。だいたいあんたはそのために俺たちに目を付けたんじゃねェのか」
がっちり正面から互いの視線を外さずに向かい合った。怪しいサングラスの奥の目は流石破壊神と言われるだけのことがある。俺も一・二年前なら竦んで動けなかっただろうな。だが逃げるくらいなら喧嘩を売りも買いもしやしねェ。
五分ほどもそうしてただろうか。だんだん爺の顔がにやけきて本気で気持ち悪かった。
「―――なるほどなあ。覚悟はあるか。だがトシよ。そりゃあ真選組の相違か?…近藤は承知の上か」
「近藤さんは俺が決めたことに反対しやしねェよ。それに、隊士たちにも文句は言わせねェ。そもそも」
狸親父に負けないくらい悪そうに笑ってみる。
「うちの連中はこっちの方が性に合ってんだ。やりやすいぐらいさ」
いつのまにか重箱の中はきれいに空になって爺は茶を啜っていた。こっちはいっぱいいっぱいだったてのにいつの間に飯なんか食ってたんだか。その余裕が悔しい。いずれ負けねェだけの男になって見せる。
上げた顔に答えを見て、俺は爺に背を向ける。
「いいだろう。一人おめーの専任にしてやる。使いこなしてみろや」
その台詞と共に俺は部屋を出た。
.