その他

□初顔合わせ - 連載中
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――松平、真選組に梃入れ準備――

「うーん。数だけァなんとか揃ったが、どうも傾向が偏ってんのばっかだなあ」

 新組織に予定していた人数はなんとか揃った。成果次第ではさらに増える予定だが、とりあえずはこれで十分だろう。現在の問題はそれよりも、彼らの使い道が完全に一種類に絞られてしまっていることだ。

「この連中では、テロ現場に出てもテロリストどもを殺す以外できそうもありませんね」

 秘書の手厳しい論評にも反論がない。馬鹿みたいに突っ込んで斬って殺す。それだけでは松平の目的とする組織は成り立たない。できれば前もって調べて事前に踏み込んで検挙するくらいしてもらわなければ。常に後追いで殺すだけではただの人斬り集団だ。

「追加でもう何人か――」
「予算オーバーです」
「ああー。てことァなんだ。こいつらの中からなんとか使えそうなのを教育するしかねえってかア?」
「使えそうなのがおりますか」
「いれば悩まねえよ」

 全員の能力を把握しているわけではないが、脳裏に浮かぶ顔はどれもこれも剣を持って子供のように笑いながら振り回している、そんな顔ばかり――

「あ、そういやあ、アレはどうだったかなア?」

 一つだけ毛色の違うのがいたのを思い出した。狂犬と言えば狂犬。それも一番狂ってそうな類だが、奴らの頭がやけに頼りにしていた一匹狼。あれは組織に馴染み難そうだと思ったのだ。頭にしか懐かない、頭の言うことなら何でも聞く。集団では浮いてしまうが、使いようによっては最高の剣となる。

「おおい、おめェちょこっとお遣い言って来いや」
「なんですか子供じゃあるまいし。こちらも暇ではないんですが」
「アソコの副長だよ。土方呼んどけや、いつもの店な」
「は!?昼間っから遊びに出られるおつもりですか?奥様に言いつけますよ!」
「仕事だよ仕事。予算はねェんだろ」

 秘書の愚痴と罵声は受け流すが一番。俺が出て行けば、超特急でお使いに行くことくらい承知の上だ。仕事の前にお楽しみ、の時間は貰えそうにないが、きれいな姐ちゃんの乳やら尻やら触る楽しみぐらいはあってもいいだろう。
 飄々と庁舎を後にする松平の顔はスケベ爺そのものだった。



 戦中に空いた武家屋敷を屯所に改造し、浪士組改め真選組の居場所がやっとできた。いずれは制服も作るらしいが、まずは何かしらの成果を上げないと制服の前に解散という線もまだまだ消えない不安定な組織だ。
 割り当てられた部屋の上に掲げられた『副長室』の文字。新しい畳を入れるほどの予算はまだ無く古いままだが、丁寧に拭かれた室内からは初めて見たときの誇り臭さは一掃されている。

「うん!なんというか、気力がわき上がってくる思いだな!な、トシ!」

 珍しくビシッとしまった顔をした近藤は隣室の前に立っている。どちらも執務室と私室の二間続きの部屋だ。違うのは近藤の部屋の方がやや大きく、部屋の前に掲げられた『局長室』の文字だけ。

「てか、いいのかよ。こんなの書いちゃって。敵襲とかあった時ヤバイんじゃねえ?」

 襲う相手のいる部屋、情報のありかを敵に教えていることにならないのだろうか。喧嘩はまず情報だ、と土方は考える。敵の数、地形、得意な戦法、そういうものを知って備えることで必勝を手にすることが出来るのだ。
 少なくとも土方の得意な喧嘩はそういうものだ。しかし、

「そっかあ?でもさあ、こうしておくと気が引き締まんねえ?名前に恥じない仕事しなくちゃ!って感じで」
「……アンタがいいなら別にいいさ」

 近藤が望むことを叶えるのが俺がここにいる理由。ならば敵襲などどうにかするだけだ。

「トシ、総悟たちの部屋も見に行こうぜ!」
「アイツ、片づけとかできんのかね。あっち出てくる時も結局ミツバに荷物作ってもらってたみてえだし」
「大丈夫だろ!総悟だって成長してんだよ」

 上機嫌な近藤さんの顔を見るだけで、大丈夫と思えるから自分も案外安い。何があっても自分がどうにかする。それが副長なんてたいそうな役職をもらった自分に出来る唯一の恩返しだ。
 その後、総悟たち隊長クラスの私室を覗いて、案の定たいしてあるでもない荷物が散らかりまくってるのに怒鳴り、トイレが最新式であることに近藤さんが大喜びし、食堂があることにみんなで感動した。
 近藤さんが言うのもちょっとはわからないでもない。ここが俺たちの新しい家。この家を守るために頑張んねえと。

 午後になって後ろ盾の松平の爺の秘書が屯所に顔を出した。俺に用があるらしい。車まで用意されてさっさと行けと追い出されるように乗り込まされる。何で俺だ。局長は近藤さんだろ。
 連れてかれたのは最近できたキャバクラとかいう若い女と酒を飲む店だった。吉原みてえに寝たりはしないらしいが、最後まで行かないだけでかなり近いんじゃねえの。爺の分厚い手が隣の女の尻を撫でまわしているのを横目に、俺の横にやたら密着されて座った女が酒を勧めてきた。

「悪ィが俺ァ、酒は」
「トシィ、勧められた酒をそう簡単に断るもんじゃねえぞ」
「いやでも、本当に俺ァ」
「飲めなくても飲め。それでおめーがぶっ倒れようと飲め。これからは飲めねェ酒を飲むのも仕事だぞコラ」

 爺のサングラスの奥の目が物騒に光っている。幕府のおえらいさんだってことぐらいしか知らねえが、それにしてはずいぶんおっかねえ爺だ。戦争についたあだ名が破壊神ってそうだから、相当ヤバい橋も渡って来たんだろうな、と思うと逆らえねえ。所詮俺ァ戦争を知らねえバラガキだ。
 ガラスの器に注がれたほうじ茶みてェな色の酒を侭よと一気に煽る。開国してから入ってきた、外国の酒らしいが俺は初めてだ。甘いってよりは苦いような香ばしいような匂いと味。俺ァ道場の庭で作ったどぶろくの方が好きだな。

「…や、べ…」

 一口で飲みきれずに器の底に残った液体がとぷりと揺れた。目の前がぐるぐる回りだす。カッと熱くなった体を柔らかくていい匂いのするものにくるまれて、俺は意識を失った。



「トシよお。おーいマジでぶっ倒れてんのか」

 ツンツン真っ赤な頬を突いてみる。一瞬で落ちたトシがテーブルにぶつかるのを咄嗟に支えて助けたキャバ嬢が大事そうに頭を抱えて膝枕状態だ。いい女じゃねえか。

「もおパパったら。可哀想に、この人ほんとにお酒弱いんじゃない」
「いやでもよお。ここまで弱いとは思わなかったわ。せめて二杯ぐらいいけると思ったんだがなあ」

 こんなに弱いとなると、接待は近藤が全部やるしかなさそうだ。あまり頭のよくないあの男に任せるのは心配だし、誰か教育係でもつけるしかあるめえ。
 表に出るのが近藤一人となると、その分、裏方は全部こいつに引き受けさせるしかない。ちょっくら話をして適性を見て分担させようと思っていたが、これでほぼ決定だ。教育担当は、まあ手元に人材が無くもないし、そいつらに押しつけるとしよう。
 できなきゃ真選組もそこまでだ。おい、気持ちよさそうに寝てる場合じゃねえぞトシ。



「っつーわけで、近藤、おめーの教育係だ。挨拶しな」
「伊東鴨太郎と申します。よしなに」
「あ、どうもよろしくお願いします。近藤勲です」

 眼鏡の生真面目な好青年は江戸じゃあちっとばかり知られた剣客で、一端の道場主でもあった男だ。政局を語らせても中々のもの。理想も高く、その弁舌に惹かれて門弟も多い。それだけ買ってるなら何でこいつを局長に真選組を作らなかったかといえば、その理想の高さが潔癖過ぎ、弁舌が軽すぎるせいだ。芯というか、人間としての重みに欠ける。その点、近藤は人間性だけで人を率いているようなもんだから、正反対だ。二人を足して二で割ればちょうどいいのだろうが、その場合どっちも中途半端になりかねない。そして学問てのは学んで向上できるが、人間の本質みてえなものはどうしようもなかったりする。だから俺としては近藤にしっかり伊東から学んで欲しいが影響されすぎても欲しくないという我が侭を願ってるわけだが。まあ、大丈夫だろう。近藤は頑固だからな。

「それからトシ、おめェも勉強してもらうからな」
「俺?」

 先日キャバクラで酔いつぶれた時は適当に遊んだ後、トシを送らせて返した。トシが予想外に酒に弱かったせいで話が出来なかったので説明はしていないが、本人に話させればいいだろう。

「そうそう。近藤とはちっと違うが、真選組のためだ。しっかりやってこいや」
「え?近藤さんと一緒じゃねえの?」
「同じこと勉強してもしょうがあるめえ。おめェにはおめェにしかできねえことがあんのよ」
「――わかった」

 この新組織にいる奴らどいつもこいつも裏表のない奴らばかりだ。近藤もこいつも同じだ。コイツにとっちゃあきつい事になるかも知れないが、近藤のためなら命を惜しまない一匹狼な奴だからこそ、コイツならと見込んだ。

「しっかりしごかれてこいや」

 俺ァこれでも本気でおめェらを買ってんだぜ?


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