その他

□初顔合わせ - 連載中
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――近藤と土方、伊東に付いての見解の違い――

 松平の爺に紹介された伊東は頭がよく弁も立った。するすると流れるように口から言葉が出てくる様は剣術家と言うより学者みてェだ。確かにそれァ俺たちにはなかった能力だってのは認める。だがそれが必要なのかってェと疑問がある。

「俺たちは武装警察だろ。未だに暴れ回る攘夷浪士ども相手に刀ァ振り回すのが仕事じゃねェのか。センセイが言うような政治だの大局だの考えんのァもっと上のお方たちの仕事だろうが。俺たちァその方たちの言うことにはいはいと頭ァ振って襲えと言われた相手に噛みつくのが仕事じゃねェのか」

 俺たちが手に入れたかったのは正当に刀を振るう根拠だけだ。そこに要らないものをわざわざくっつけようたァ思えねェ。伊東にゃ伊東の理由があって松平に言われてここに居るんだろうが、それァあくまで伊東の理由であって俺たちの理由じゃねェ。
 耳触りがいいからってェと他人の理由に流されてたらそのうち自分の理由を見失っちまいかねねェと、俺たちの知らなかった知識を持ち、国を騙る剣術家に心酔していってるのが丸わかりの大将に酒の席を離れて苦言を呈した。

「俺はトシも伊東先生に負けずに頭がいいと思うぞ」
「馬鹿言っちゃいけねェよ。俺ァ寺子屋にだって満足に行ったことのねェ男だぜ。かろうじて読み書きァできるが、それなら殆どの奴ができらァ。あんたみてェに昔の偉い人のことをよく知ってたりもしねェ。俺がセンセイに負けねェってんならあんたはそれ以上だ。なおさらあの人の話なんぞ聞く必要があるとァ思えねェな」
「そうだなァ。おまえもちょっと本を読むといいと思うぞ。いい機会だ、勉強しろ!」
「いらねェよ。ってか仕事関係ならもうさせられてらァ。これ以上は頭が破裂する」

 実際、書類の書き方だの提出に要する流れだの口利いてもらう相手への挨拶だの忙しいったらありゃあしねェ。副長の仕事ってのは基本的に補佐だから、副長にしかできねェ仕事ってのはねェはずだ。だからそのどれも本来それをしなきゃならねェ隊長クラスの連中も一緒に机を並べてたはずなんだが、いつの間にか一人また一人と欠けて行って今じゃ俺しか残ってない。体質にあわねェとか言ってやがるが、要は俺に押しつけるつもりじゃねェのか。とんだ雑用係を背負わされそうで、勉強時間の前にはいつも追いかけっこを繰り広げている。

「あー、確かにあれもそうだが、そうじゃなくてな。もっとこう、人間の幅を広げるというか、」
「あんたはそれ以上人間の幅ァ広げねェでくれ。頼む」
「え、俺、太って来た?」
「――違ェ」
「うん、そうだ。視野を広げるというかな。そういうことも必要だと思うぞ」

 時々、本っ気でこの人ァ俺をからかって遊んでんじゃねェかと思う。俺ァ喧嘩ン時はそれなりに頭も回る方だと自負してるが、それ以外じゃさっぱりだからこういうときは黙るしかできねェ。ああ、そういうことなら総悟の方がよっぽど上手く対応できる。たまにやりすぎて泣かしてるけどな!

「あんたがそれでいいってんなら俺がどうこういう筋合いじゃあねェけどよ」

 懐から煙草を取り出して火を付けた。自販機は武州にもあったがまだ数が少なかったし金もなかった。明らかに江戸に出てきて本数が増えたな、ともう2本しか残っていない中身を見る。
 煙草は口下手な俺が黙る時の暇つぶしアイテムとして重宝してる。いきなり黙ったんじゃ相手も気まずいが、煙草ならそんなに気になんねェだろ。

「トシ、最近それ増えてるぞ」

 近藤さんにも指摘されたが、置く気にはなれない。煙草に行きかけた指を迷って膝に下ろした。

「とにかく、俺ァあんたがセンセイと同じことをしたり考えたりする必要はないと思う」

 人の真似なんて似あわないまねはよせと言うと、近藤さんはうーん、と頭をかいて笑った。

「でもなあ、俺はもうただの道場主じゃないわけだ。おまえもそうだぞ。今じゃあ俺たちは幕府に認められた警察組織の代表だ。その俺たちがいつまでも剣術のことしかわからねえってんじゃ真選組そのものが馬鹿にされることになりゃしねえかと思うのよ」

 俺たちがいつまでも武州の犬っころでいられないってことァ俺だってわかってる。でも、口賢しく政治を語ることが真選組の格を上げるとも俺には思えねェ。犬には犬の誇りの見せ方ってもんがあるだろう。俺ァ、それが剣だと思ってる。それだけだ。

「近藤さん、大将は寡黙な方がいい。俺たちの後ろにでん座って存在感見せててくれりゃあいいんだ。大将がべらべら喋り出したらそれこそしめェだろ」
「うん。それはわかるよ。けどな」

 はあ、と溜息をついた近藤さんが酷く消耗しているのに気づいた。そうだ。この人は確かに本もよく読むし、やらなきゃならないとなったら真面目に物事に取り組む人だ。でもだからって勉強大好きってタイプでもない。その人がここまで思い入れてるってことの意味を考えてみるべきだった。

「なんかあったのか」
「――やっぱトシには隠せねえか。愚痴にしかならねえから誰にも気づかれねえつもりだったんだけどなあ」

 近藤さんがこれほど疲れることってのはなんだろう。総悟の過激な悪戯にだって笑ってられる人が屯所ン中で疲れるようなことがあるわけない。外か。だがまだ既存の警察――町奉行所の手伝いで出動するぐらいしかしていない俺たちに何かあるわけがない。だいたい、そういうときは俺が一緒にいるし、気づかねェほど鈍くないつもりだ。
 あとこの人が一人で出かける時といえば――。

「城でなんか言われたのか」
「……」
「そうなんだな」

 あの暇な爺ども。暇つぶしがしたけりゃ余所でやりやがれ。だいたい城に行く時は松平の爺が一緒のはずだろ。あの爺は何してやがった。ああ、だから伊東なのか。

「――あんたに気にすんな、つっても駄目なんだろうな」

 所詮俺ァ外野だ。城で爺どもの嫌味を聞きながら笑ってるのは近藤さんで俺じゃねェ。もし立場が逆だとして、欠片も気にしねェ自信はあるが、俺は近藤さんじゃねェし近藤さんは俺じゃねェ。もし近藤さんが俺みてェな野郎だったらこの人に付いて行こうたァ思わなかった。

「でもでも、伊東先生の話が為になるって言うのは本当だぞ!それは本当に尊敬してるんだ」
「あン人の頭がいいのは否定しねェよ。組のためになることだってあんだろうし」
「そうだろそうだろ!」
「わかったよ。勉強でもなんでも好きにしてくれ。けど、忘れてくれんなよ。俺たちが付いて行くのは伊東じゃねェ。あんただってこと」
「ああ!ありがとうな、トシ。それでもおまえも勉強会に誘ったらって先生が」

 釘を刺したつもりだが、わかってくれたかは怪しいもんだ。

「あー、俺ァいいや。わかんねェことあったらあんたに聞くから。そんでいいだろ?」
「お、おお!もちろんいいぞ!いつでも来い!」

 おだてに弱いのはこの人の欠点だが、こういうときはありがたかった。
 根本的な解決にはなってねェが、笑顔を見せてくれた近藤さんに俺は俺が何をできるか考えていた。



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