ラクヨウのカケラ(text)

□一番星はてのひらで輝く
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『一番星はてのひらで輝く』


「温泉でクリスマスってのもいいもんね」

ゆっくりとお湯に浸かって温まった身体でコーヒーを飲みながら、のんびりと感想を口にする。
大きな窓から眺める庭には、ピカピカと光るツリーが見える。

「お前それ、毎年どこに居ても言ってんじゃねぇか」

向かいでイゾウが煙管をくわえてくっくと笑う。
少し先の土産物コーナーでは浴衣を豪快にはだけさせて、エースが飽きもせずに騒いでいる。
マルコとジョズが一緒にいるから、多分能力者組は揃って早めにあがったのだろう。

いつもと同じ顔ぶれがいつもと違う場所にいる。
それだけで楽しくなるから人って不思議だ。

輝く電飾も、浮かれたクリスマスソングも同じ効果を持っている。
夏島でクリスマスってのもいいもんね。海の上でクリスマスってのもいいもんね。
確かに毎年言っている気もするが、毎年思うのだから仕方ない。

けれど、多少の不満があるのも人の常。

「てゆうかさ、女の私より長風呂ってどういうこと?何やってんのよ、あのオッサン」
「おれが知るわけねぇだろう」
「暇だわ。誰かに呼んで来させようかしら」

男所帯の中では、かなり長風呂をした方だと思う。
いつもよりのんびり湯船に浸かったし、ついでとばかりにトリートメントやパックまでしてきた。
その私が出てきてしばらく経つというのに、オッサンがまだ出てこないというのは如何なものか。

「暇なら変われよい」

暇だと文句を言いながら窓の外を眺めていたら、疲れた顔のマルコがやってくる。エースに振り回されて来たのだろう。
クリスマスに浮かれる若さ溢れるテンションは、そろそろいい歳な私達にはちょっと辛い。

苦笑しながら遠慮を願い出ていたら、イゾウがにっと口角を上げた。

「出てきたぜ」

その言葉と表情に、嫌な予感がした。
視線を後ろに回すと、男湯からサッチとラクヨウが揃って出てくるところだった。
風呂あがりだというのに何故かしっかりリーゼントなサッチと、お前なんで既に着崩れてんだとつっこみたくなるほどはだけたラクヨウ。しかも、あわせが逆だ。
その姿にうなだれた。

「さっさと出しな。1万ベリー」
「くっそぅ!やっぱり素直にお約束に賭ければよかった!」

ラクヨウの浴衣が右前か左前か。確率は二分の一だというのに、よくもまぁ見事に間違えて出てくるものだ。
お前ら何やってんだい、と呆れるマルコの声を聞きながら泣く泣くイゾウに虎の子を手渡す。
船に持って帰る旅の思い出は無しに決定。

「ようラクヨウ、お前さんいつの間に死んだんだ?」

上機嫌で声をかけるイゾウの言葉に、ラクヨウの頭にハテナが浮かぶ。
理解できるはずがない。何しろこいつはバカなのだ。

「そんな言い方でわかる訳ないじゃない。ラクヨウ、あわせが逆よ。直してあげるからこっちおいで」

手招きして呼べば、あわせって何だ?とか言いながら素直に寄ってくる。子供みたいだ。
ついでにサッチも寄ってきて空席に腰を下ろした。

「なんだ、サッチはちゃんと着てんじゃない。あわせの向きぐらい教えてやりなさいよ」
「いや、だってよ、それもうあわせがどうとかいう問題じゃねぇっしょ」

一万ベリーの恨みを込めてサッチに当たってみたものの、苦笑まじりに言葉を返される。それにはもう、確かにとしか言いようがない。
背中心がおかしいから左右で丈が違っているし、衿は見事に開いている。何とか腰は隠せているけるど、何故か足元ははだけて脛は丸見えだ。
美女ならともかく、オッサンの脛はきちんと仕舞っておいてほしい。
テキパキと身支度を整えてやりながらも、思わず感嘆の声が漏れるほどだ。

「ほんと見事ね…」
「だろ?一人で大騒ぎしながら着てっしよ。面白かったぜぇ」

ケタケタと笑いながら煙草に火をつけるサッチ。それを見てラクヨウが騒ぐ。

「お前だって悩みながら着てたじゃねぇか!」
「ラクヨウじっとして!」

お前だってと言いながら暴れるラクヨウを、思いっきり帯を引いて制する。
すぐにわりぃと謝罪の言葉を口にして動きを止める。この素直さがこいつのいい所。

「でもよぉ、サッチだって分かってなかったんだぜ」

なんだかんだと言い訳がましいのは悪い所。

「分かった分かった。いい子にしてないとサンタさん来てくれないわよ」

不満そうに口を尖らせて言うオッサンにため息混じりに分かったと告げれば、三人に揃ってガキかと突っ込まれた。流石は隊長同士、息もぴったり。
そして突っ込まれた当のラクヨウはというと、何故かもの凄くショックを受けていた。

「まさかとは思うけどあんた…」
「サンタ来ねえのか…?」

ガキか!と私も突っ込んでしまった。いい歳したオッサンがサンタクロースを信じるな。

「だってお前、サンタ来ねえとか一大事じゃねえか!クリスマスは宴とサンタだろ!!」

だろ!と勢いよく言い切られても困る。よい子の夢は壊さないのが鉄則だけれど、オッサンの夢はどうすべきなのだろうか。
別に壊してもいいだろうけど、壊すと後が面倒な気がする。

「お前もサンタ来たら嬉しいだろ?」
「あー…うん。そうね…」

とりあえず適当に返事をして着付けを完了させた。できたよと声をかければ、またも大騒ぎ。
温泉浴衣なんてはっきり言って巻くだけだというのに、お前すげえなとか言われても返答に困る。喜んでくれるのは嬉しいけれど。

サンタがどうとか言ってたことなどすっかり忘れて大はしゃぎだ。今のうちに別のものに注意を向ければ面倒なことにはならないだろう。

「ラクヨウ、あっちのお土産屋さん見た?色々あったわよ」

行かない?と示して見せれば、タイミング良くあがった歓声にウキウキしながら駆けていった。

「…一人で行くわけね」

その背中を見送って、大きくひとつ息をついた。
クリスマスってのは、浮かれたオッサンに振り回される日のことなのかもしれない。


貸切の宿の中、至る所で酒を持った男が騒ぐ。

クリスマスだろうが正月だろうが誕生日だろうが、宴なんてものは騒いだ者勝ち。それが白ひげ海賊団の常識。
だから今夜もどんちゃん騒ぎなんて言葉ですら生ぬるいほど、宿中ひっくり返して大騒ぎの真っ最中だ。

なのに私は何故、一人で外で飲まねばならんのだ。
正確には、外にいるのは一人ではないのだけれど。

「…いびきうるさいし。」

ぐあぁーとか、ぐおぉーとか、何とも豪快ないびきをかきながら隣でラクヨウが酔いつぶれている。
直してやったはずの浴衣も見事に崩れてすでにただの布である。

はぁ、と一つ息をついて視線を上げる。
目の前に広がるのは満天の星、だったら良かったのだけれど。

「…曇ってるし」

聖夜の空はいっそ見事な程の曇天で、星どころか月も見えない。
輝くのは空よりも地上で、それは多分外まで出なくても十分見える。
なのに何故、私がこんな所にいるかというと、隣で寝こけているオッサンに連れ出されたからに他ならない。

はしゃぎながら寄ってきたかと思うと「外行くぞ!」ときたものだ。何事かと訝しむ暇もなく腕を掴まれ連れ出された。
騒ぎから離れ、何もないベランダまで出たところでラクヨウはやっと止まった。

そこで何事かと問えば、空の見えるところに行けば女は喜ぶんじゃないのかとそれはそれは不思議そうな顔をされた。
ラクヨウは女にモテない。そりゃそうだと納得した。
見えて喜ぶのは曇り空ではなく星だ。しかも喜ぶ雰囲気ってもんがある。

私がため息をついた事を、責める人はいないと信じたい。

「じゃあお前何したら喜ぶんだ?」
「とりあえず今は酒が飲みたいわね」

喜ばせようとしてくれるのは有り難い。してほしいと言えば嫌がりもせずに動いてくれる素直さもいいと思う。
でもどこかずれてるんだ、この男は。

酒が飲みたいと言った私に、大量の酒を貢いだかと思えば自分は酔いつぶれてこのざま。
加減を知らない。バカなのだ。

「ロマンチックの欠片もないわ」

暗い空にため息が溶ける。

「若ぇ娘が何をシケた面してやがる」
「…私けっこういい歳だよサンタさん」

振り返ればドデカい袋を担いだオヤジが立っている。
クリスマス恒例、白ひげ名物オヤジサンタ。
いくら酔いつぶれた所を狙ってくるとはいえ、こんなに目立つものの存在に気づかないあたりやっぱりバカだと思ってしまう。

「おれからすりゃあ十分若ぇ。おらよ」

グララと大きく笑いながら、オヤジサンタが小さな箱をぽいと投げる。

「起きたら渡しとく」
「そりゃあ、ラクヨウじゃねぇ。おめぇにだ」
「私?」

サンタクロースが袋から箱を出せば、それは当然プレゼントだ。けれどサンタクロースからのプレゼントの中に自分の分は含まれていないことを、私はよく知っている。
何を隠そうこの大量のプレゼント、手配しているのは私だ。どんなものを何個とオヤジからの指定はあるが、入手経路の確保から値段交渉まで私がしている。

「…何?」
「ロマンチックってやつだ」

にぃと口端を上げて笑うオヤジに、思わず眉が寄る。

手のひらに収まる小さな箱に、心当たりはなくもない。けれどそれをサンタクロースにもらうのはどうなんだ。

「サンタっつーのは、他のやつにやってくれって言えば聞いてくれるもんなのか?だとよ」
「…まさかラクヨウ?」

グララと響く笑い声が、あたりだと告げている。
そっとリボンを解けば出てきたのは予想通りのもの。

小さな石のついた指輪。

まさか自分のところにやってくるとは思いもしなかったプレゼントに、しばし見入る。
月すら見えない暗い空の下、きらりと輝くそれ。

「あれ?行くの?」

満足そうな顔をして袋を抱え直したオヤジに驚いて声をかける。
ラクヨウの分は渡さなくていいのだろうか。

「さっさと配っちまいてぇからな。終わったら酒だ」
「ラクヨウのは?」
「お前が隣で笑ってやりゃぁ、それで十分だろ」

グラララと笑い声を響かせながら、オヤジの背中が遠ざかる。

「…普段笑ってないみたいじゃない」

心外だとばかりに独り言を呟いてみるが、思い返せば笑って話した記憶はかなり遠い。ため息だとか、小言だとか、眉間のシワとか、そんなものがくっついた会話ばかりだ。
だからあんなに喜ばせることにこだわってたのかと、今更ながら思い至る。

隣に転がる酔っ払いを見下ろせば、浴衣は乱れきって半裸状態。かっこいい男には程遠い。

「どうしようもないわね、あんたも私も」

一人で小さく呟いて、私だけのサンタにキスを落とした。









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