ラクヨウのカケラ(text)

□【土砂降りのクリスマスイブ、サンタに親切にされる】
1ページ/1ページ









生まれ持った性質というのは、変えようと思って変えられるものじゃない。

小学生の頃、何故か学級委員長に推薦されることが多かった。中学に上がってからもそれは同じで、高校時代はそれに加えて生徒会長にまでなった。腐れ縁の友人曰く、私という人間はなんだか頼りたくなる雰囲気を持っているらしい。なんて、随分と綺麗に言ってはくれるけど、なんてことはない。要するに皆、面倒なことを押し付けているだけじゃないかと思う。

私の下に手のかかる弟が三人、両親は共働き。そんな家庭環境では嫌でも備わってしまうスキルとアビリティー。しっかり者だとか世話焼きだとか、そんな賛辞は聞き飽きた。挙句いつの間にかついた学生時代のあだ名が『かーちゃん』だったりするのも、まぁいいとしよう。だけど、

「お前ってひとりでも生きてけるタイプだよな」

その言葉だけはいつまでたっても慣れることができない。全くどいつもこいつも、なんで別れ話の締めくくりには判で押したようにその科白を吐くのか。大丈夫って何がだ。

都合何度目かの失恋にべっこりと凹み、キラキラと華やいだ街並に心中で悪態をつくクリスマスイブの夜。休日出勤を終えて帰宅の途についた私が自宅の最寄り駅に着いたときには、

「……最悪」

外はひどい大雨になっていた。



【土砂降りのクリスマスイブ、サンタに親切にされる】



雨が降るなんて、今朝の天気予報じゃ言ってなかった。駅の軒先で恨めし気に夜空を見上げたところで、雨足は一向に弱まる気配もない。売店の傘は見事に売り切れて、おばちゃんが完売のビラを空っぽの傘立てに貼り付ける後姿をため息交じりで見守る。これはもう、どうしたって雨に打たれながら帰るしかない。それにしてもひとりぼっちのクリスマスに加えて濡れ鼠決定なんて、どんだけ惨めだ。覚悟を決めて土砂降りの外へと一歩を踏み出そうとしたそのとき、

私の肩を誰かがぽん、と叩いた。

「……えーと」

振り返った先に立っていたのは、見知らぬ男の人。いや見知らぬっていうのは正確じゃないか。ドレッドヘアに個性的な髭。有名な海賊映画に出てきそうな奇抜なスタイルは一度見たら忘れられるものじゃない。時々同じ電車で見かけるその人は、手にしていたそれを私へと突き出して言う。

「これ……よかったら使ってくれ!」
「え?」

つい勢いで受け取ってしまった一本の傘。満足したように一度だけ大きく頷き、外へと飛び出していこうとする彼のコートの裾を反射的に掴んだ。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

私にこの傘を渡してしまったら、自分が濡れてしまうじゃないか。お年寄りや小さな子供連れの人に親切にしてるところはよく見かけていたけど、親切なんてのは自分に余裕のあるときにするものだ。なのにその人はまるで大したことじゃないって風に満面の笑みを浮かべて。

「いーのいーの、おれんちすぐそこだから」
「や、でも」
「女の子が雨に濡れちまうのはよくねぇだろ?ボロ傘だけど気にすんなって」
「……女の子って歳じゃないんですけど」
「歳は関係ねぇよ、女の子は女の子だ。そんでもって、おれは男だ!」

それは見れば分かる。まったくもっておかしな人だ。言葉も見つからないまま呆けていると、彼は頭をぼりぼりと掻きながら、少しだけ照れ臭そうに俯いた。

「その、なんだ……男だからこれくらいの雨どうってことねぇんだよ。それに」
「それに?」
「今日はクリスマスだからな!」

いい子はプレゼントが貰える日なんだぜ。いい歳をした大人とは思えないほど、目の前のその人は活き活きと言い放つ。その笑顔を見たら、何故だかひどく泣きたくなった。

「好きでいい子をやってるわけじゃないです」

思いがけず零れ出た言葉は、胸の奥につっかえていた本音。

「人の世話を焼いたりするのが好きなわけじゃないし、忘年会とか仕切るのだって、他の皆がやりたがらないから仕方なくって……!」
「お、おう……」

年末年始なんてそれでなくても忙しいのに、忘年会の幹事まで押し付けられて。おまけに今年のイブは折角祝日なのに、休日出勤になったと彼氏に言えば、あっさりと振られる始末。私だって自分の生活を犠牲にしてまで頑張りたくないよ。人の前ではいい顔をしながら心の中ではいつだって損をしてると不平を漏らしている、そんな私は、

「全然、いい子なんかじゃ、ないんです」

私は一体なにを言ってるんだ。まるきり赤の他人である男の人の前で、馬鹿みたいなことを口走って、涙ぐんだりなんかして。

「あー……まぁ、あれだ」

片手で傘を握り締め、もう片方の手でコートの裾を掴む私の頭の上に、大きくて暖かい掌が載せられた。同時に降ってくる、少し困ったような声色。

「よく分かんねぇけどよ、あんたはやっぱりいい子だと思うぜ」
「え……?」
「電車でよく、お年寄りとかに席譲ってるだろ?皆疲れてて、寝たふりとかしてんのによ」
「それは、」
「あんただって疲れてるんだろうに、それでも笑って譲るんだよな。そういうの、すげぇと思う」

その笑顔がたとえ本心じゃなくても、ただの偽善でも。やらないよりはやる人間の方がずっと偉い。アスファルトを打つ雨音に紛れて紡がれるその言葉たちが、私の胸の奥へと染みこむように響く。そういえば私、電車で見かけるこの人が同じ事をしていたから、自分も真似してみようって思ったんだ。当たり前のことを、当たり前にできる。そんな人間になりたくて。

どうしようもなく惨めだった気分が、不思議なくらいぽかぽかとした暖かさに包まれていく。

「だから、その傘はいい子のあんたへのクリスマスプレゼント、な」

小さな子供をあやすような手つきで私の頭を数回撫でると、彼は今度こそ雨の中へと踏み出していった。駅舎の軒先に残された私は、小さくなっていく背中に慌てて声をかける。

「待って!あの……傘、ありがとうございます!」
「おー、気にすんな」
「それと、名前教えてください!」
「……ン……タクローとでも呼んでくれ!」

雨に煙る人影は一瞬立ち止まり、それからこちらを振り返ってニカリと笑った。前半部分は激しい雨の音にかき消されてしまって、下の名前しか聞き取れなかったけれど。

「……タクローさん、かぁ」

タクロー、って何だか響きがサンタクロースに似てる。傘と暖かい気持ちと、ちょっぴりのときめきを私にプレゼントしてくれたあの人は。

もしかすると本当のサンタさんだったのかもしれない。








[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ