ラクヨウのカケラ(text)
□贈りもの
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雪の舞う聖夜に、プレゼントを届けてくれる。
そんなのは大人が押し付けた下らない夢物語で、親がいない子供は改めて自分が惨めだと思い知るだけ。
生きるために働いて、生まれた時代に飲まれないように藻掻くので精一杯だ。
一時の夢を見ることも許されない、これが私の現実。
現実なんだってば!
「いっ、ヤぁぁあーーー!!」
昼間は路上で靴磨き。十二になって夜も働くようになった。
普通の食堂兼酒場の店長さんはなかなかの常識人だったから、子供好きの変態は集まらない。賃金は安いけど晩ご飯を食べさせてくれるし、孤児の私が安全に働ける数少ない場所。
自分が可哀想だなんて思う暇もないぐらい充実(必死だったと言えば勿論それが正しいけど)した毎日に、それでもこの時期だけは憂鬱になってしまうのは仕方がないことだと思う。
「店長、また追加です」
「同じブランデーかい?羽振りがいいな、あの席は」
三年前は掛けていなかった眼鏡を人差し指でくっと上げ、大きなテーブルを三つも占領している男達を眺めてふふと笑いを溢す。
済まないが残業を頼む、と言われたことに不満なんてある筈もないけれど、海を越えて一般的に広まったどこかの島の伝統行事だか何だかが根付いていない私は今夜の店の雰囲気にひとりイライラしていた。
「ただの買い出しなら早く帰ればいいのに!」
「まぁ、そう言うな。これだけの客入りもこの時期だけだしな。それに見ろ、彼らのお陰で海賊同士の小競り合いも起こらないんだ」
「知りませんよ、海賊事情なんて。お金を落としてくれるのはいいことですけどね!」
笑顔笑顔、と言って私を宥めた店長がトレイに酒瓶を三本乗せる。受けた追加は二本だったと伝票を確認すれば、
「ウチからのクリスマスプレゼントだと伝えてくれ」
またふふと小さく笑ってカウンターに座る他のお客さんの相手に回った。
「残りの仕入れはー何だったか」
「ラクロス!肉だ、肉ぅ!コドモドラゴンの丸焼きっ!!」
「子供でもトカゲなんぞ好んで食わんでいい。普通のニワトリじゃ足りねェよなぁ…ラクヨウ、サッチ隊長に連絡入れろよ。ワタシが買い物メモを紛失しましたってちゃんと報告してな」
「サンタ・クローの攻撃力について」
「お前もう飲むな」
大宴会用の仕入れの為に島へ訪れたという海賊は恐らく下っ端の集まりなんだろう。
ラムやシェリーじゃなくてブランデーを注文しているのはここぞとばかりに憂さ晴らしをしているからか。それとも飲み慣れている酒豪ばかりだからか。
どちらにしてもメリークリスマス!なんて叫びながらグラスを掲げる男達は私から見ればただの堕落したオッサンで、いい大人が浮かれる姿には嘆息も出てこない。
店長からのクリスマスプレゼントだと告げて置いたボトルに群がる様は海の無法者とは程遠く、私の中のイライラは塊となって気管を狭めていた。
「お嬢ちゃんも、メリークリスマス!」
てっかてかに赤くなった頬を緩めたドレッドの男に、気付かない振りをして足早に背を向けた。
何を騒ぐことがある。
何をそんなに笑うことがある!
「お疲れ様でした、おやすみなさい」
いつもより三倍は多い空瓶を入口脇に積み上げる店長に挨拶をして店を出ると、街のあちらこちらはまだ明るかった。
吐いて出た白い溜息を疲れの所為にして家路を急ぐ。
家族はひとりも居ないけど、住む場所と仕事がある。だから私は寂しくなんてないし、辛くもない。
「…メリー…」
だから本当は
「…クリスマス」
本当はただ羨ましく思っているだけっていうのも分かってる。
美味しいご飯と暖かい部屋。
優しい両親。
意味もなく、笑顔になれる環境。
例えばあの明り窓の内側が私の居場所なら、クリスマスってヤツを好きになれるのかもしれない。大人が言う夢物語を信じるのかもしれない。
なんて、
いつもの癖で無意識に近道を歩いていた。暗い裏小道だ。
時間が時間だし、大通りから回って帰る方が安全だったのに。
「こんな日にひとりで夜の散歩とは、寂しいねェ」
そうしていればこんな街のチンピラと出くわすことも多分なかった。
ツイてないという落胆や恐れよりも、強く思うこと。
こんな時代だ。こんな環境だ。
だからやっぱり、夢なんて
「いっ、ヤぁぁあーーー!!」
背後からしがみついてきた影への抵抗は大声を挙げることだけ。しかしそれも直ぐ様手で塞がれてしまう。
やっと顔を出した恐怖は悔しさよりもずっと堅く大きなもので、出鱈目に蹴り上げる両足と同じように流れる涙にも他の意思を通わさない。
膝下に当たる踵を邪魔臭く思ったのか、締め付ける男は背面を反らして私を大きく振り上げた。
家屋と家屋の間に見える闇には冬の星が瞬いている。
黙らせろ!とチンピラの誰かが小さく叫んだ後、シャンシャンと綺麗な金属の音が空から聞こえた気がした。
あの赤ら顔がカッコよく見えるのはこの状況だからだ。まだ涙が乾いていないからだ。
「取られたもんとかはないか?」
しゃがみ込む私にちゃんと視線は合わせてくれるのに、大きな両手は空を掠めるばかりで触れようとはしない。
その動きが何だか面白くて、ぐしゃぐしゃの泣き顔のまま笑いが込み上げる。
「怪我はないかの間違いだろ」
「煩いぞ、ラクロス」
男の背後から顔を覗かせたラクロスの手には細いけど頑丈そうな鎖が握られている。
震える心臓を落ち着かせようと辺りを見渡せば、三人のチンピラが海老反りにされてそれで縛られていた。
関節、…痛そう。
やっと立ち上がれた私はそれでも言葉を上手く紡げないでいた。
自分の爪先を観察するのが関の山で、助かりましたとか、店では態度が悪くてゴメンなさいとか、強いんですねとか。
色々、ちゃんと伝えたいんだけど「家まで送ってやるよ」ありがとうの後にはさようならと言わなきゃいけない気がして。
「怖かったな」
不意に頭のてっぺんが暖かくなる。
「今日は皆の夢が叶う日だから、そんな顔すんな」
相変わらず男は頬を緩めて笑っていた。
小さな雪が再び熱くなった瞼にふわりと落ちてきた。
「寒ぅー!!去年てこんなに雪降ってたっけ?」
「ラクヨウ!」
店の扉が開いたと同時に冷たい雪風とあの笑顔が飛び込んできた。
テーブル席のお客さんは一部ぎょっとした顔になったけど、見て見ぬ振りを決め込んでクリスマスの宴を続ける。
「ラクロスさんも!」
「おぉ、一年ぶり。何かイキナリ女らしくなったなぁ」
「それ!おれが言うー!!」
今年も仕入れ組になったらしい白ひげ海賊団七番隊の入店でフロアの賑やかさが一気に膨らんだ。
店長に予約の連絡が入った日から指折り数えて待った今日に、私は去年とは比べ物にならない笑顔で彼らを迎えることができている。
皆の夢が叶う日だから。
こんな時代でも、こんな時代だからこそ。
「メリークリスマス!」
雪の舞う聖夜に、その人は私の夢を届けてくれる。
【贈りもの】