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□第1話
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「・・・。」

ソファーから立ち上がり、ベランダに出てみた。
外は綺麗な森林が広がっている。
反対側の部屋だったなら、今見ている景色は墓地だっただろう。
気を遣ってくれたのだろうか。
墓守の領地に来てからというもの、これといってやることもなく、暇を持て余していた。

(仕事をもらえないかしら?)

雇用となると領主であるジェリコに聞くべきだ。
忙しそうな彼に頼むのも憚られるが、ここで引いてしまったら、ずっとこのままだ。

(・・・仕事をもらえないか、交渉してみよう。)

何かをしていないと落ち着かない。
無償でいる期間が長くなると、居たたまれなくなる。
時計塔でもクローバーの塔でも、仕事をもらっていた。
できることはならば、この世界でも仕事をしたい。

「働かせてもらえない、ジェリコに頼んでみよう。」

***

ジェリコの部屋を訪ねると、扉の脇に墓守の格好をした二人の男が立っていた。
ここに立っているという事は、護衛だろうか。

「よう、あんた。頭に用か?」

何となくジェリコの墓守服に似た格好をしている人達を墓守と思っていたが、彼らは同じ格好で、美術館入口のガードマンも務めている。恐らく、メインの業務は墓守なのだろうが、体力勝負の仕事であれば他もこなすのだろう。

「ちょっとジェリコに相談があって。お取込み中かしら?」

「どうだろうな・・・。確認してみるから、ちょっと待っててくれ。」

護衛の一人が言い、ドアをノックして中に声をかける。
どうした、というジェリコの声に、私の訪問を告げた。

「そうか。大丈夫だ。通してやってくれ。」

部屋の中から許諾の応えがあり、護衛の片方がドアを開けてくれた。
私は彼等に礼を述べ、中に入った。

「「・・・。」」

(・・・ユリウス、に、オーグ?)

入ってまず、そこにユリウスとオーグの二人がいたことに驚く。
ジェリコは執務机に座り、二人はソファーセットと方に座っている。

(オーグ・・・。室内なのに、帽子を被ったままだわ。取らないのかしら。)

前回会った時と同じコートを着ているので、恐らく彼だろう。
オーグの顔は、未だ見えない。

「ごめんなさい。一人ではなかったのね。」

向かい合ってはいないが、何か話をしていたのだろう。
なんせ、相手はユリウス。オーグはどうかは分からないが、ユリウスが相手ではのんびり雑談と言う事は、まずないだろう。取り込み中だったのではないだろうか。

「うん?何で謝るんだ?構わないと言っただろう?」

「ええ・・・。でも、三人で話をしていたんでしょ?私、それほど急ぎの用件だったわけじゃないから・・・。」

話を中断させてまで、急ぐ用事ではない。
後回しにしてくれて一向に構わなかった。

「あー、出て行かなくていい。こっちも急ぎじゃないから通したんだ。気にすんな。あんたは変な所で気を使い過ぎだぞ。」

踵を返した私を、ジェリコは素早く制する。
ぎこちなく張り返ると、彼は苦笑していた。

「無理はときにははっきりそう言う・・・。許可したってことは大丈夫なんだよ。」

「・・・分かったわ。ありがとう。」

「ああ。それで、どんな要件なんだ?」

私はここでようやく足を進め、ジェリコの傍に立つ。
前置きは省き、用件を告げた。

「実はお願いがあって来たの。ここで、何か仕事をさせてもらえないかと思って。」

「仕事だと?」

意外にも、真っ先に声を上げたのはユリウスだった。
それに驚き、振り返る。
彼は、怒ったような顔でこちらを見ていた。

「ええ、どんな仕事でもいいの。お世話になっているだけというのも悪いし、何かすることが欲しくて。」

「何故、仕事など義務が伴うようなものを欲しがる?ここの生活に不満があるなら、さっさと元の世界に帰ればいいだろう。安易に仕事など持ちたがるな。」

怒ったような、ではない。
ユリウスは本当に怒っていた。

「無理にこちらの世界に残る必要はないんだ。帰りたければ帰ればいい。帰り方が分からないのか?誰がお前をこの世界に」

「待って待って、ユリウス!違うわ!」

まくし立てるユリウスを両手を上げて制する。

「無理をして残っているんじゃない。今までの国で、私は自分の意志でこの世界に残って来たのよ。」

「自分の意志で?自らの意志で、この世界を選んだというのか?」

「ええ、そうよ。元の世界に帰ろうとは思っていないわ。仕事が欲しいのは、適当な気持ちじゃなくて・・・。この世界でも役割が欲しいの。じっとしているのは苦手だし、早くこの国にも馴染みたいから。」

「そ、そうだとしても」

「良い心掛けじゃねぇか。良いんじゃねぇの?」

「オーグ!」

「何もしないただ飯ぐらいより、やる気のある働き者の方が良いだろう。仕事熱心なのは良いことだ。お前も、そういうのは嫌いじゃねぇだろ?」

「それは、そうだが。」

今まで黙って話しの成り行きを聞いていたオーグが、口を開いた。
それは、私の仕事を後押ししてくれるもので。
私だけでなく、ユリウスもオーグの言葉に驚いた顔をしている。

「・・・よし。あんたの言いたいことは分かった、アリス。働いてくれると言うなら、断る理由はない。人手はあって困らないからな。どんな仕事でもいいのなら、すぐにでも手配しよう。」

「ジェリコ!」

「ジェリコ!本気で、こいつを働かせるのか!?」

私とユリウスの声がぴたりと重なる。
ジェリコは呆れ顔でユリウスを見た。

「当然、本気だ。オーグも言ったが、仕事熱心なのはお前も好きだろう?」

その言葉に、ユリウスの眉がピクリと動く。
それは彼も好きだろう。
なにしろ、彼自身が超のつくほどの仕事に熱心なのだから。

「手配が出来るまで、少し待ってくれ。それほど待たせない。」

「ありがとう!」

感謝をこめ、ジェリコを見詰める。
背後で、ユリウスがこれ見よがしに溜め息を吐くのが聞こえた。

***

すぐに部屋を出て行ってしまったオーグを追いかけるべく、私も急いで部屋を飛び出した。
幸いにも、そう遠くに行っていなかったので、後ろ姿が見えた。
私は声を張り上げ、彼の背中に呼びかける。

「オーグ!」

オーグは驚いように肩を上げ、振り返った。

「・・・でけぇ声で呼ぶんじゃねぇ。」

オーグの表情は見えないが、その声から煩わしいと思っているであろう事がありありと伝わってくる。
私はごめんなさい、と一言謝り、駆け足で彼の元に向かった。

「何だよ。」

オーグはぶっきらぼうに言った。
ジェリコも言っていたが、愛想はないが返事はしてくれる。
素っ気ない所はユリウスと近いものを感じるが、彼と比べて口調は荒い。

「あの、一言お礼を言いたくて。」

「礼?」

「ええ。さっきは、私が仕事を貰うのを認めてくれてありがとう。その事で、お礼が言いたかったの。」

私が仕事をする事に反対したユリウスと違い、彼は賛成してくれたのだ。
彼の後押しがあったおかげで、ユリウスも口ごもり、渋々ながらも承諾してくれた。
その事で、ちゃんと礼が言いたかったのだ。

「私、どんな仕事を任されても頑張るわ。適当な気持ちで始めたんじゃないって所を、ユリウスにも見てもらうんだから。」

オーグ相手に決意表明をする私。
本当ならユリウスに言うべきだとは思うのだが、まずは彼に感謝と共に伝えて起きたかった。

「オーグ?」

オーグは無言で私を見下ろしていた。
頭に被っている帽子が邪魔で、彼がどんな顔をしているのかは分からない。
ただ黙って見下ろされているのは、居心地が悪かった。

「あの、」

「別に、礼を言われる程の事をしたわけじゃねぇ。それに、あんたが仕事をするかしないかの決定を出したのも、仕事を与えたのもジェリコだ。礼なら、あいつに言ってやれ。」

オーグはそう言うと、私に背を向けて足を進めてしまった。

「あ、ちょっと!」

彼を呼び止めようとするが言葉が続かず、伸ばした腕が宙を切った。
声をかければ返事は返してくれるし、話は一応聞いてはくれるが、素っ気なさ過ぎるのではないか。

(この世界では珍しく付き合いやすいですって?どこがよ。)

だが、かつての友人だったエリオットやユリウスのように、煙たがるわけでもなく、ボリスや双子のように新しい玩具を見るでもない彼の対応は、誰とも比べずにすむので、かえって気が楽かもしれない。

(邪魔者扱いされないだけ、マシと考えた方が良さそうね。)

オーグの後ろ姿を見送り、溜め息を吐いた。
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