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□第5話
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美術館での勤務時間は、時間帯で決められている。
昼間の時間帯が夜に変わった今、私の勤務時間は終わり、休憩に入る。
裏口へ回ろうとしたところで、墓地の方向に目が留まった。

(ずいぶんと大人数で墓参りをするのね。)

墓地に、十人ほどの男性がぞろぞろと入って行こうとしていた。
墓地は常に開放されているので参拝客の出入りもあるが、あのような団体は珍しい。
しかも、全員体格のいい肉体労働者系の。

(・・・。・・・まさか、ね?)

墓荒らし。
ごく自然とその言葉が浮かぶ。
夜の間に紛れて墓地に入っていく男性の集団は、穏やかに見られる光景ではない。

(でも、むやみに疑うのもよくないわ。割と堂々としていたし、参拝客の可能性だってある。・・・どうしよう。誰かに報告に行く?)

その場に立ち止り、しばらく悩む。
結果、まず自分で確認してみることに決めた。
墓守に報告して、ただの参拝客だったら、客にも墓守にも申し訳ない。
あれだけの人数なのだから、遠目に確認すれば何をしているのか探れるだろう。
恐る恐る、墓地の入口に足を踏み入れる。
夜の闇の中に、先刻の男達の姿を探した。
月明かりだけでは、シルエットしか見えないが。

(・・・いた。もう、あんな奥まったところに。)

大分奥深くに進んだ辺りに、集団で動く人影が見える。
そして・・・。
ざく、ざく。
土を掘る音が、ここまではっきり聞こえていた。

(やっぱり!)

墓荒らしだ、間違いない。
ジェリコか墓守を呼ぼうと踵を返した時、目の前に人が立ちはだかる。

「どこに行くんだ、お嬢ちゃん?」

「!!」

墓地の入り口脇の木陰から出てきた、三人の男。
先刻墓地に入って行った集団と同じような、労働者風の男達だ。
彼等はにやにやと笑いながら、あっという間に私を取り囲んだ。
一人は私の正面に立ち、完全に進路を奪われる。

「墓地を見て人を呼びに行こうってんだったら、よしてくれよ?始めたばっかりだってのに冗談じゃねえ。」

(・・・見張りがいたんだ。・・・私のバカ。疑いを待った時点で、人を呼ぶべきだった。)

彼等が出て来たときに察していたが、間違いない。
うっかりしていた。確かに、見張りを着けることは充分考えられたのに。

「・・・冗談じゃないのは、こっちよ。墓荒らしなんて!今すぐ、やめてちょうだい。そうでないと、大声を出して人を呼ぶわよ?」

内心では割れそうになっている鼓動を押し隠し、懸命に冷静な声を出そうと努める。
早口で上擦り、とても成功したとは言えない。
むしろ、男達には逆効果だった。

「なんだ、お前?女のくせにずいぶん気丈だな。」

「面倒くさそうな女だな。・・・おい。」

一人が呼びかけ、他の二人と視線を交わす。
次の瞬間、私は目の前の男に両手を掴まれていた。

「や・・・!」

背後に別の男が回り、片手で口を押え、もう一方の手で肩を掴まれる。

「・・・っ!」

三人目は、目隠しのように美術館側に立った。
あっという間に、墓地の中へ引きずり込まれてしまう。

(・・・嫌だ!拉致!?殺されてしまう!?)

ざく、ざく。
土を掘る音が近くなる。
男たちは、墓地を掘り起こしているすぐ傍まで近付こうとしている。
目隠し役をしていた男が先に走り出し、奥まったところにいる仲間に呼びかけた。

「おい、女に見られた。騒ぎそうだったから連れて来たぜ。」

「女?とりあえず縛り上げとけよ・・・。騒ぎそうになったら殺っちまえ。」

「・・・ああ、銃以外でだぜ?銃声はまずいからな。」

「んなことは、言われなくても分かってるよ。」

(まずい・・・。)

全身から汗が噴き出す。
中で待つのは、10人ほどもいる屈強な男達。
墓荒らしを考える時点で、まともな者達である訳もない。
役持ちでなくとも、あっさりと、人を殺すことを口にする。

(騒ぎそうなら?いいえ、騒がなくたって、何をされるか分からない・・・。)

男達は、複数の墓を分担して掘っている。
半数は見張りとして、その周囲で様子を窺っていた。
急いだ様子で、必死に掘っている。
緊迫した表情で、何かを追い求めるように。

(人の遺品を掘り起こして、一儲けしようと考えているのね・・・。これだけの人数が集まるくらいだから、それだけ転売価値があるんだわ。・・・オーグから、街に広がっているうわさは聞いた。でもやっぱり、こんなのは許せないわ。)

宝を求めるのは分かる。
だが、死体が埋まっていないとしても、墓を暴くなど許される行為ではない。
家族、あるいは故人を大切に思う人のための場所だ。

(どうにかして、誰かにこの状況を伝えなきゃ。)

しかし、騒げばすぐにでも私が襲われる。
どうすればいいのか、動きを封じられ口もふさがれたまま、懸命に考える。

(どうしよう、どうすれば・・・。・・・っ。)

「おい、お前ら。生きて帰れると思うなよ。」

(・・・!?)

バスッ

声がした。
そう思った時には、背後で悲鳴が上がっている。

「!?ぐあああっ!」

(・・・え?)

口を押えていた手が外れ、拘束が消える。
私の両手を押えていた男も、すでに傍にいなかった。

「うわああっ。ぐはっ・・・!」

バスッ

男は逃げだすように走り出したところで、背後から血を吹き出し、倒れ込む。

「な、なに?」

あまりに現実感がなさすげて、すぐには恐怖を感じない。
驚きが勝り、感覚が麻痺してしまったようだ。

「お、お前は!」

「とにかく逃げろ!殺られるぞ!」

他の墓荒らし達も騒然とし、スコップを放り出し散らばって走り出す。

バスッ、ブシャッ、グサッ

しかし、かなわない。
彼等の間を縫うように動く影が、目にも留まらぬ速さで切り付けていく。

「ぎゃあああ!?」

「ぐわああ!」

闇の中を滑る刃、噴き出す鮮血。
周囲の至る所で、血の赤が舞う。
じわじわと、遅れて恐怖が上がってくる。
屈強な男達がなす術もなく切られて赤い花を咲かせていく様は、異様だ。
玩具の様に簡単に、ばたばたと、地面に倒れていく。
一気に舞い上がった血の臭いに眩暈がしそうだ。
その花を咲かせているのは、槍のような長い棒を携えた黒い影。

(あれは・・・。)

暗くてはっきりとは見えないが、カーキ色のモッズコート。
激しく動いたことで、フードの下に隠された顔が見えた。

「オーグ!」

同居人だと分かり、その名を叫ぶ。
が、彼は答えることなく、周囲の敵を切り捨て続けている。

「ごはっ!ぐ、うう・・・。」

「た、助け・・・!」

オーグが槍を動かすたびに、確実に一人が倒れていく。
あっという間に、10人ほどもいた墓荒らしは、全員が動かなくなった。

「・・・!」

目を覆いたくなるような凄惨な状況。
それでも私は、どこか放心したように彼等を切り捨てた男から目が離せない。
背中を向けていたオーグが、振り向いた。

「オーグ・・・。」

「おい。前に言ったよな。一人で墓地に入るなって。しかも今は夜の時間帯だぞ。アンタ、何考えてんだ?あれか、自殺希望者か。」

苛立った、明らかに怒っているのが分かる口調で私に話しかけるオーグ。
今、私の目の前で人を惨殺していた人物だが、彼を怖いとは思わなかった。
彼は以前、私を心配してくれた同居人。
オーグが助けてくれたと分かると、全身の力が抜け、へなへなとその場に座り込んだ。

「・・・おい。」

「ごめんなさい・・・。ちょっと、気が抜けて・・・。」

「・・・。」

遠く墓地の入口の方から、足音が聞こえて来た。
複数の足音が、急いでこちらに近づいて来る。

「オーグさん!」

「おい、アンタ!?大丈夫か!?」

どうやら、騒ぎを聞きつけて、墓守達が来たようだ。

「おい。墓荒らしが出ない様に警備すんのも、お前等の仕事だろうが。職務怠慢か。しっかりしねぇか。」

「す、すみません!」

「コイツ等は、こっちですぐに片付けます!」

「おい、アンタ。立てるか?」

「え、ええ・・・。」

立ち上がろうと足に力をいれた。
だが、足は言うことを聞かず、動かない。
そればかりか、今更ながらに恐怖が吹き出たのか、全身が震えた。
ガクガクと揺れ、立ち上がる事が出来ない。

「・・・おい。」

「ご、ごめんなさい。力が入らなくて・・・。」

情けない話、腰が抜けたようだ。
震えて体が思うように動かないどころか、血の気が引いたようで今すぐぶっ倒れたい。
鏡を見たなら、顔が青く映るに違いないだろう。

(どうして、見付けた時点で誰か呼びに行かなかったのかしら。オーグが来てくれなかったら、どうなっていたか。)

想像するだけで恐ろしい。
不用意な自分の行動を呪った。

「はぁ。・・・掴まれ。」

「え?・・・きゃっ!」

オーグは私の腰に片手を回し、そのまま彼の肩に担ぎ上げた。
私の視界が高くなり、地面が遠退く。
いわゆる俵担ぎをされた私。

「え、ええ!?ちょっ、」

「うるせぇ。耳元で騒ぐな。」

「ご、ごめんなさい。でも、」

何だ、この状況は。
お腹がオーグの肩で圧迫され、苦しい。

「ああ?アンタ、歩けねぇんだろ?・・・面倒だが、送ってやる。」

オーグはそう言うと、住居の方に向け、歩き出した。
面倒だと言いながらも、世話を焼いてくれる彼。
気持ちはありがたいが、もっと運び方というものがあるのではないだろうか。

(お姫様抱っことか?)

体を横抱きにして抱えてもらうアレだ。
お姫様抱っこ。
自分がオーグに抱き抱えられている所を想像した。

(ゲロッ。)

やっぱ、今のなしで。
お姫様抱っこは、私の柄ではない。
ここは素直に礼を言っておこう。

「ありがとう。」

「・・・ふん。」

私はオーグの好意に、大人しく甘える事にした。
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