その他

□オグなこ二話。
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『迷いこむ理由』

理由が分からない悪寒に襲われたジョーカーが怯み、手を離した直後。
菜古は一瞬表情を消してから普段通りの無邪気な、それでいて儚い笑みを浮かべ、懐から取り出した鉄の塊を自分に押し当てた。
黒光りする銃。安全装置は既に外れ、銃口は自身の左胸に向いている。

ジョーカーが止める間もない。

「白くん、聞いてくれてありがとう」


銃声が響く、その直前。


胸に押し当てた銃口から弾が発射される直前。
言葉を紡ぎ、引き金を力を込める刹那。

そこにオーグが割り込んだ。


音も気配もなく背後に滑り込み、左腕で菜古の体を引き寄せながら右手に握ったハンマーの先端で下から銃身を打ち上げ、弾道をずらす。
銃弾は左腕に吸い込まれることなく、銃身を跳ね上げられた勢いで菜古の顔の横をすり抜けて天井に消える。跳弾の気配は、ない。
数歩後ろに口を開けていた空間が軋み、閉じると共にカリスの気配が時計の横どころか空間そのものから霧散する。その点に関してだけオーグは心の中で謝った。
理を曲げることを渋ったカリスに無茶を頼み込んだのはオーグだ。
(ちなみに、後始末をすることを条件に呑んでもらった。)

「オーグ!」
「っ、と」

ジョーカーの声を皮切りに、張り詰めた糸を切ったように崩れ落ちた菜古の体を支えながら腰を落とし、オーグはハンマーを横に置いた。
そして気を失いながらも離そうとせず、握り締めたままの銃を手放させようとする。
しかし、握り締めた指が固い。

「俺がするよ。オーグは支えてて」
「…わかった」

硬い声のジョーカーが、慎重な手つきで菜古の強張った指を一本一本開かせ、銃から離させる。
零れ落ちた銃は床に落ちる前に受け止め、床を滑らせて壁際に寄せた。

「血が…」
「…見たところ、掠っただけだよ。深くはない。……君が邪魔してくれたから、この程度で済んだんだ」
「………っ」

よくよく見て気付く、菜古の血の気の薄さ。
その血の気が引いた白い肌に、頬に走った一筋の赤はよく映えた。
言葉もなく菜古を抱き締め、それから動いたオーグに、ジョーカーは絞り出すように告げる。

「オーグ。牡蛎。…忠告するよ」
「……なんだ」

ハンマーを腰にさし、楽々と菜古を抱き上げて移動しようとしていたオーグは、その言葉に足を止める。

「立ち止まらせちゃいけないと思った。だから俺は引っ張られないように、正真正銘、空っぽの牢の前を歩いた。けど、それだけでその人は追い詰められていったんだ」
「それがどうした」
「……いくら大切に扱おうとも、閉じ込めたりなんかしたら、またその人は自分を追い詰めるぞ」
「………」

過去が虫食いで、人一倍怖がりの菜古。
自身が虚ろだと自覚があるからか、虚ろな牢屋に強く反応したのだろうか。
暗いのが怖い、と言っていたのも関係があるのだろうか。

「今回みたいに死を望んだり、それかまた自分を追い詰め、壊れてしまう前に全てを忘れるかもしれない。…全てを、だ」
「………」
「執着して、その結果失っても知らないよ?」
「………あぁ」


***


目を覚まさない菜古を隠れ家に連れ帰り、それから付きっきりで看病しているオーグは、菜古が自身の側にいることを誰にも伝えなかった。
そして、誰にも隠れ家の存在を勘付かせさせなかった。

時折唇に顔を寄せ、少し考えて呼吸を確認するだけで口付けを断念したり、頬を撫でたり、手を握ったり。
無力で無抵抗な菜古を誰も知らない手元に置くことで、オーグの執着心は満たされていた。

「…………、」

けれど、稀に狂おしいほどの衝動に襲われる。
このまま抱き、匂いをつけるように内も外も汚し、所有物なのだという事実を作ってしまおうか、と。

勿論、今のままでいいと、オーグは何度も自分自身のその衝動を突っぱねていた。
誰にも取られない。見られることもない。だからこれでいいのだ、と。

しかし、無防備な姿がそこにある。

時が経つにつれて我慢は効かなくなり、とうとうある時、オーグは高揚して乾いた唇を舐めて湿らせた。


潤滑油を使い、身体を貪る。
反応がない体に興奮している訳ではなく、自分のモノにしてしまおう、という異常な独占欲に突き動かされるままにオーグは動いた。
ほんの僅かな反射でも反応が欲しくてわざと首筋に噛み付いたり、ささやかな乳房に指を這わせてみたり。
けれど僅かな時間でも呼吸を奪うのが怖くて、どうしても口付けには至ることができないまま。
しかし、目覚める気配はない。

と。

「………ぅ…ん…」
「!」

空虚な行為に冷めかけた瞬間、微かに声が漏れた。

「……なこ?」
「………こ、こは……?」

希望を抱いて名前を呼ぶと、言葉が返る。
意識が戻った。
それを理解した瞬間、オーグの中に火が灯る。
乱暴にしたい衝動を必死で堪え、背面だった体位を対面に変え、まだぼんやりとはしているが確かに開いている目を覗き込む。

「んっ…おぐ…く…?」

ゆるゆると視線がオーグを追いかけ、焦点を合わせようとしながら、名前を呼ぶ。
それだけで、理性が焼き切れるかと思った。

「やっと…!」
「ぃたっ」

首筋に噛みつかれて小さく悲鳴を上げるも、長い間眠り続け、覚醒したばかりの菜古の体は持ち主の言う事を聞かない。

「ひゃっ?!…ぉ、おなか、なにか、はいっ…ぅ…!」
「(自覚がないのがタチが悪い!)」

身体が繋がっていることに混乱している様子すら、危うい所で保っている理性を揺さぶられる。
声に、表情に、煽られる。
たまらず動くと、拠り所を求めた腕が縋り付いてきた。

「…ゃ、待って!痛っ、痛い…!」

眠っている間に慣らされたとはいえ、乱暴に突かれては快楽よりも苦痛が勝る。
しがみつく手に力を込め、爪を立てられてようやくオーグは動きを止めた。
オーグに組み敷かれた状態で浅い呼吸を繰り返しながら震える様子は、生娘か子供か。それとも恐怖からか。

「痛い、痛いよ…」
「……すまん」
「な、んで、こんな…ひっ、く…痛ぁ…」

混乱しながら、苦痛に喘ぎながら、それでも菜古は顔を埋めるようにオーグにしがみついていた。
オーグしか縋り付く対象が居ない、というのもあるが、強姦にも近い行為があったにも関わらず拒絶する様子はない。

---こっちには漢字ってないのかなー。
---菜っぱの菜に、古い、で古。
---こんな字だよ。
---ずっと寄り添う、って意味みたい。

「………菜古、」
「っ!」

以前聞いた名前の由来。
ふとそれを思い出したオーグが正しく名前を口にすると、菜古は驚いたようにオーグを見上げた。
その目は涙で濡れ、泣いたせいで目元が赤い。

「(あ)」

不意に、オーグは気付いた。

「(音が、聞こえる)」

怯えて緊張し、早鐘のようだった心音。名を呼ばれ、驚きのあまり跳ね上がった心音。落ち着いたのか、少しずつ穏やかなものに戻っていく心音。
そしてその音を聞きながら目を覗き込むと、不思議と、オーグは菜古の感情を読み取ることが出来た。

不安。信頼。緊張。親愛…。
揺らめく感情の中で、信頼と親愛が揺らがない。

そしてまた一つ、オーグは気付く。
オーグが好意を向けると、菜古は揺らいだ。
オーグは揺らぐだけで好意を返さない菜古に苛つきを覚えたが、逆なのだ。
オーグの好意に、菜古は揺らいだ。
『おまじない』で雁字搦めになっていて、好意を向けられても表面だけで受け止めて返す菜古が、揺らいだのだ。
その意味に本人は気付いていない。

「……俺はあんたが好きだ」
「う、うん。なこさんも、おぐりんくん好きだよ?」
「あんたの好きは本気じゃない。俺は本気だ。同じ好きを返してくれ」
「…す、好きだよ?好きだけど、こ、これが精一杯なんだよ」

見下ろした瞳が揺れる。
微かに速度を増した心音が聞こえる。
覗き込んだ奥で、感情も揺れていた。

「……わかった」

それでいい、とオーグは気付いた。
気付き、理解したからこそ、それ以上の言葉を得る事を諦めた。
けれど菜古を手放す気はないので、繋がりを維持したまま抱き締め、怯えを見せた菜古の頭を優しく撫でて宥める。

「ぅ…ぬ、抜いてほしいんだけど…」
「嫌だ。気持ちいいから」
「……なこさん違和感だよ…」
「…なら、もう少しだけ」
「………少しなら」

ひく、と肩を震わせた菜古が諦めたように目を閉じる。
その瞼に口付けを落とし、オーグも目を閉じた。

「(ハートはそこにある。確かに一枚向こうで、気付きにくいが、確かにそこにある)」

絶対に帰れる、と言っていたらしい。
その自信を砕くと決めた。

「(あんたが気付かないつもりなら、俺が気付かせてやる。あんたはもう、俺のモノだ)」

疲れたのか、早々に寝息を立て始めた腕の中の細く柔らかな体を抱き締め、自身の独占欲を肯定した。

「(…やっと、あんたの気持ちがわかった)」



好き、という感情があるのなら。
膨らませる事は可能だ。
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