その他

□墓の存在理由。
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「牡蛎は、この世界で最も意味のない役だ。・・・誰も欲しがらねぇ、一番無意味な役。」

「無意味?」

「ああ・・・。この世界は、無意味な物ばかりだ。何の意味もない物で溢れているこの世界で、もっとも意味のない物が墓だ。意味のない、無意味な物を作り続ける役、それが牡蛎だ。役なしの連中ですら、こんな役欲しがらねぇ。」

「墓が無意味?どうして?」

「あんたも知ってる通り、この世界の住人は皆、胸に時計を持ってる。人が死んだら体は消え、時計だけが残る。」

残った時計は時計屋の下に回収され、修理されれば、また別の誰かに時計が渡る。
大切なのは個人ではなく、時計。
時計さえあれば、体の変えはいくらでもいる。
役持ちも役なしも、ただの器でしかない。

「俺達は無意味だってことを、自分で分かってる。自分の変えはいて、自分に価値がないことを分かってる。・・・でも、その事を分かってて、受け入れようとしない奴が稀にいる。変わりを認めない。時計を一人の人として扱い、変わりを拒む。この世界の禁忌に触れる奴。時計を壊す奴だ。あんたも知ってる奴。誰だか分かるか?」

時計を壊す。
それは、この世界最大のタブーだ。
その禁忌に触れた人物を、私は一人だけ知っている。

「エリオット・・・。」

「そうだ。・・・エリオットはこの世界の禁忌を犯した、唯一の生存者だ。」

禁忌を犯した人間は、処刑人に始末される。
だが、役持ちだったエリオットは、特例として監獄に収監されていた。
それも、ブラッドの手引きで脱獄するまでの話だが。

「あいつは、変わりを作る事が許せなかった。だから時計を壊した。時計を壊す事で、変えの効かない、唯一の人間にしたんだ。」

この世界で殺しは罪にならない。
それは、時計が直れば変えが効くからだ。
だが、完全に壊してしまえば時計は直らず、消滅する。
それが、この世界での本当の死を意味する。

「エリオット以外にも、変えはいらないと考える奴はいる。だが、あいつのように、行動に移す奴はほとんどいない。・・・墓を作るって行為は、行動に移せなかった事への後悔か・・・それとも懺悔か・・・。残された側の自己満足でしかないんだよ。墓が無意味だって言ったのは、そう言う事だ。体もない、時計もない。何もない空の箱を作り続ける役に、何の価値がある?無意味で無価値。・・・なのに、人は墓を欲しがる。自分に価値がないと分かっていても、それを否定したがっている。迷惑な話だ。そんなに存在の証明がしたいなら、時計を壊せば良いのにな。・・・出来るわけねぇか。」

オーグは笑った。
それは彼には珍しい、冷たい笑みだった。
その冷笑は誰に向けられたものだろう。
墓を望む住人か。
それとも、自分自身にか。

「ジェリコは死が確定してる。遅かれ早かれ、あいつは死ぬ。このくだらないゲームから降りられるんだ。エリオットにしても、あいつは帽子屋と約束したみたいだしな。時計を壊すって約束だ。良いな・・・。良い・・・。羨ましいよ。俺も死にたい。体も時計も残さず、死にたいんだ。ゲームから降りて、変えの効かない存在になりたいんだよ。でも俺は、牡蛎の時計は、壊すわけにはいかないんだ。牡蛎が死ねば、墓を作る奴がいなくなる。そうすると、困る奴が出てくるだろ?下手したら、監獄行きが増える危険性もある。・・・だから死ねない。壊せない。俺は勝手にゲームから降りられない。でも、誰かが俺を殺してもくれるなら、役から解放される。次の時計が回ってくるまでの一時だけでも、俺はこのくだらないゲーム盤の上から抜け出せる。・・・俺は自分の番を待ってる。俺が死ぬ順番を。」
 

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