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□第3話
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「アリス、交代だ。休憩に入ってくれ。」
「ええ。ありがとう。」
時間帯が昼間に変わり、同僚の男性スタッフに声をかけられた。
入場待ちの待機列は、相変わらず長い。
私はそれを横目に見ながら傍を離れ、人の少ない場所に移動する。
(あ・・・涼しい。)
直ぐに住居スペースに戻らず、少し風に当たりたくなった。
何気なく墓地の方を見て、ふと足を止める。
今まさに、墓地の中にオーグが入っていくところだった。
今は、大人の姿をしている。
フードを被っているのは普段使用なので、もう怪しいとは思わない。
(・・・オーグ?どうしたのかしら。・・・気になるわ。行ってみよう。)
鬱陶しがられそうだが、やはり気になる。
白い四角の石が整然と並ぶ、こちらもかなり広大な土地。
オーグは、すでにその中程へと進み入っていた。
やや戸惑うが、後を追い、思い切って声をかけた。
「オーグ!」
オーグは肩を上げ、反応した。
そして振り返り、いつもの如く、何だよ、と言った。
相変わらず素っ気ないが、返事はしてくれる。
「アナタがここに入っていくのを見かけたから、気になって付いて来たの。」
私は仕事が終わり、休憩に入ったことも付け加え、言った。
「仕事が終わったんなら、さっさと部屋に戻れ。知り合いを見つけたからって、一人で墓地になんかくるんじゃねぇ。」
「・・・え?」
言い方に、だだ邪険にするだけではない意味合いを感じる。
オーグは、私の戸惑う反応に苛立ったのか、チッと舌打ちをした。
顔は見えないが、恐らく眉間に皺が寄っているだろう。
「分かってねぇのか、ここは墓地だぞ。墓荒らしが侵入することもあるんだ。昼間でも、ないとは言い切れねぇんだよ。」
「墓荒らし・・・。」
「ジェリコから聞いてねぇのか?アイツが説明を怠るとは思えねぇが。」
「ああ、ええ・・・。聞いているわ。」
墓地には、たまに墓荒らしが出る。
そのことは、滞在を決める前に聞いている。
(もしかして・・・。もしかして、だけど・・・。)
「オーグ、私を心配してくれているの?」
「!!」
オーグは、ピクリと反応した。
表情が分からなくても、彼の反応で何となくだが分かった。
顔は見えないが、彼はとても分かり易い。
それだけで、私には充分な答えになる。
が。
「別に、心配なんてしてねぇ。余所者は、俺達と違って代えがきかない。何かあった時、面倒だからな。」
オーグは、あからさまに視線を逸らした。
「もしアンタが死んで死体が残ったら、誰がそれを片付けるんだよ。俺は片付けねぇぞ。」
酷い言いぐさである。
確かに私が死んだら死体は残るだろう。
だが、もう少し言い方ってものがあるんじゃないだろうか。
(・・・『心配』は、都合よく言い過ぎたわね・・・。でも、気にかけては、くれたのよ、ね?)
身の危険は案じてくれたのだろう。
そう信じたい。
「おい、聞いてんか?」
黙り込む私に、オーグは苛立ちを隠しもしない声音で言った。
彼が不愉快を前面に出すのは基本仕様なので、もう気にしない。
「ありがとう、オーグ。心配してくれて。」
真っ直ぐに彼を見て、礼を言う。
「・・・。」
「でも、こんな明るい昼間に墓荒らしなんて出ないでしょう。普通は夜、暗くなってから出るものなんじゃないの?」
「・・・人目を忍ぶには、勿論夜が最適だ。だが、夜だといって墓地が閉鎖されるわけでもなし、完全に人目がないわけじゃねぇ。怖いモン知らずの連中なら、時間帯なんざ気にしねぇ。昼間に出た前例も山ほどある。」
「・・・そうなんだ。」
この世界では、夜は就寝の時間帯と決まっていない。昼夜問わず墓参りに訪れる者も、侵入を企てる者もいるということか。
(いや、墓参りはさすがに夜はあまりないわよね。いたら、別の意味で怖いわ。それにしても、予想以上に物騒なのね・・・。・・・ん?)
ふと気づく。
いや、考えてみれば気付くのが遅すぎるが、今更ながら思い至った。
「ねぇ、墓荒らしって、一体何を狙って侵入しているの?」
そもそも、なぜこの世界に墓地があるのかということ自体が疑問だったのだ。
この世界に、死体はない。
それなのに、墓石の下には何を埋葬しているのかと。
(・・・この国に来た当初から気にしていたのに。墓荒らしと聞いて疑問に思わないなんて、どうかしていたわ。)
墓地があるという事実だけ、とりあえず刷り込まれたせいだろうか。
「墓地に出る墓荒らし」という部分はセットになって、疑問にも思わず受け入れてしまっていた。
「ああ?ジェリコから聞いてないのか?」
オーグが意外そうに尋ねる。
軽く頷き、尋ね返した。
「ええ、あまり詳しくは聞いていなかったの。教えてくれない?そもそもこの墓地って、何を埋葬しているの?」
「それは・・・。」
オーグは躊躇うように言葉を濁した。
しかし思い直したのか、直ぐに教えてくれた。
「隠しても意味ねぇな。アンタは、別の国のユリウスと知り合いだったんだろ?なら、もう知ってんだろ?この世界の住人は、時計で動いている。死ねば体は消滅して、時計だけが残るって事を。」
「ええ、知っているわ。でも、時計は回収されるでしょう?何も残らないじゃない?」
私が答えると、オーグは小さく頷く。
視線を周囲の墓石に移し、おもむろに歩き出した。
一定間隔を持って並ぶ白い石の一つの前に、屈み込む。
私も後を追い、その背後に中腰になった。
「当然、棺に死体は入っていない。それに時計でもない。時計はユリウスの元に届けられ、修理されてまた動きだす。入っているのは、故人の遺品だ。生前の写真だったり、愛用品だったりというな。」
「遺品・・・。それじゃあ、墓荒らしはその遺品を狙って?」
写真などには、墓を暴く程の金銭的価値があるとは思えない。
余程高価な遺品を入れる風習があるのだろうか。
「そうだとも言えるし、そうでないとも言える。宝石など高価な遺品を入れる遺族もいるが、大体は取るに足らない、価値のないものが多い。」
「どういうこと?それじゃあ、墓を荒らしても盗るものがないじゃない。」
「この墓には希少な財宝が眠っていると、巷に噂が広がってんだ。手に入れれば、役がもらえるほどに存在が濃くなる・・・って言う、出任せがな。」
「存在が濃くなる・・・。希少な財宝?」
希少な財宝。
なんと、曖昧な情報なのだろう。
だが、曖昧なだけに魅力的でもある。
しかし、宝探しの気分で墓を荒らされてはたまらないだろう。
「そんな財宝が、この墓地に眠っているの?宝なんて・・・本当に?」
「だから、出任せだ。実際にはそんなものは入ってねぇよ。掘り返して出てくるものに、価値なんてない。」
「じゃあ、確実にデマなのね。よく噂だけで、墓を掘りかえそうなんて・・・。理解できないわ。」
「・・・そうだな。」
オーグが目の前の墓石に手を伸ばす。
右の方から中心にかけ、触れながら何かを確認しているようだ。
「・・・?」
「以前入った墓荒らしに狙われた墓だ。傷が出来ていたが、そろそろ消えそうだ。」
「え・・・。」
言われて、距離を詰め、墓石に顔を近付ける。
よくよく見れば、確かにひび割れのような傷がうっすらと走っていた。
間近で見なければ気付かない。
間もなく完全に消えるだろうが、何だかいたたまれない思いになる。
(そんな事の為に、大切な遺品の入った墓が暴かれているなんて・・・。でも盗品でも手に入れたいと希望されるくらい、この世界の人にとっては価値のあるものなんだわ。役がもらえるほどに、存在の濃くなる財宝というのが。)
「・・・。」
(私には、理解出来ない。でも、だた悪い事だとも思えない・・・。)
勿論、それを盗んで売り払う墓荒らしは悪人だ。
けれど、それを高額でも買ってしまうほど、何かに期待している人を悪だとは言い切れない。
自分の居場所を探し求め続けている、今の私。
もしかしたら、通じるところがあるのかもしれないと思う一面もある。
「・・・とにかく、そういう事情で墓荒らしが後を絶たない。墓地は安全じゃねぇって事は分かったな。」
口調から、オーグが話を終わらせようとしている事に気付いた。
私は頷き、周囲の白い石に視線を巡らせる。
「ある程度は。こうして見ていると、平和なのにね。」
「馬鹿なこと言うな。余所者とはいえ知ってんだろ?この世界に平和なんて、あるわけねぇだろ。」
「・・・そうね。そうだったわ。」
殺し合い、領土を奪い合うことがルール。
やめる事は出来ない争い。
「もう戻れ。」
最初に墓地から追い出そうとしたときよりは幾分穏やかな声で、オーグは告げた。
私は軽く頷き、言った。
「分かった。戻るわ。」
背筋を伸ばして、一歩後方に退く。
オーグも安心した様子で立ち上がった。
「墓地の事、教えてくれてありがとう。それじゃあ。」
踵を返し、墓地の出口へと歩き出す。
オーグから見送りの返事はないが、寂しくは思わない。
墓地を出るまでずっと、背後に視線を感じていた。
(あ・・・。墓地は、オーグが作っているのよね。あれを全部、彼が作ったのかしら?もっと色々聞けばよかったわ。)
同じ住居にいるのだ。
聞く機会は、またあるだろう。
次に会った時にでも、聞いてみよう。