チューリップに恋
□*チューリップに恋*
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雨の跡がついた柱。
所々ひび割れた壁。
立て付けの悪い扉が風が吹くたびにカタカタと音をたて、北風は隙間だらけの校舎を難なくすり抜ける。
あいにく灯油がきれたらしく、唯一の暖房器具の灯油ストーブも使えない。
室内だというのに、学生服の上からダッフルコートを着こんでも震えが治まらない程に寒い。
だが寒いのは室内だけとは限らない。
「僕…っ、…ハァハァ」
目をギラギラと光らせ、鼻息荒く自分の肩を掴む男に、田代颯太の心は室内より冷たく冷えきっていた。
「颯太くんっ」
草木も凍るような気温だと言うのに、男は頬を紅潮させて掌に汗までかいている。
その頬の熱の訳も、脂汗だか冷や汗だか分からない濡れた掌の理由も、例え好物のシュークリームを山程積まれても理解したくないと颯太は思った。
「颯太くんっ、好きだ…!」
依然として目をギラつかせる男は、颯太の肩をきつく握り締めた。
今にも押し倒しそうな男を見上げ、颯太は考えることを諦めたのか、それとも考えられなくなってしまったのか、冷静に状況を傍観していた。
(コートに汗染みちゃいそうだな…。凄い汗だし手形でもつきそう。
流石にそれは恥ずかしいから勘弁して欲しいな)
男は苦し気に息を荒らげ、雰囲気に酔ったかのように視線は定まらない。
すっかり老朽化の進んだ、薄暗い校舎に雰囲気も何もないのだが。
男に抱くには一般的と言えない欲望がありありと表れている瞳は、颯太と視線がかち合う度にふらふらとさ迷う。
遂に堪えきれなくなったのか、男は颯太の小さな肩をきつく抱き寄せた。
耳元で響く熱く湿った息に漸く少し戻ってきた思考力で、颯太は無い頭を振り絞った。
どうしてこんなことになったのか、何故自分が男に言い寄られることになったのか。
颯太には皆目検討が付かなかった。
そもそもつい最近までこの男の存在さえ知らなかったのだ。
予想もしなければ想像もつかない。
「颯太くん……スーハー…スーハー」
少し低めの声が耳元で囁くように小さく呟き、続いて深呼吸のように深く息を吸う音が聞こえる。
背筋に悪寒のようなものが走った颯太は、反射的に男を引き剥がし、規則的に並ぶ机に引っ掛かりながら廊下に出るドアを目指して走った。
「やっぱムリ!先輩気持ち悪いっ」
颯太がピシャリと勢いよく閉めた扉の向こうで、男が更に欲情していたことを、颯太は知らない。