椿姫

□一
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――――あぁ、嫌になる

何もかも終わってしまえばいいのに

何もかも変わってしまえばいいのに

何もかも、なくなってしまえば


私は、救われたのだろうか。



***



「……こんばんわ、沖田さん」
「こんばんは椿ちゃん」
「…その名前は嫌いなんだけど」
「他に呼び名なんてないでしょ?
あぁ、椿ちゃんが僕を名前で呼んでくれるなら他に呼び名を考えてもいいよ?」
「…ひどいな、いつもいつも」

暗い空の下――
月明かりがキラキラと輝く川
その上に架かる橋に、2人の人物は佇んでいた

「沖田さん、今日は月が綺麗だねえ」
「そうかな?いつもと変わらない気がするけど…」
「ううん、今日は綺麗だよ」

ニコニコと笑いながら言う女
――椿
椿の花があしらわれた黒い着物
月光で瞳を輝かせながら笑う少女の本名は、沖田も聞いたことがなかった
ただ、
初めて会った日から彼女は椿の花があしらわれた着物を愛用していた
そのため、椿と呼んでいるのだ

「椿ちゃん、今日はご機嫌みたいだね」
「今日は仕事がうまくいったから」

初めて会った日から変わらず、彼女とはこの橋でなければ会うことが叶わなかった
昼に会いたい気持ちもあったが、彼女は戦歴の沖田にも読めないような不思議な雰囲気を持っていた
ヘタに会話を振るのは気が引けたのだ

「沖田さんはお仕事どう?」
「うー…ん、いつもと変わらないかな」
「市中見廻りして、人斬って?」
「いや、僕だって毎日人を斬ってるわけじゃないよ?」

橋で2人並んで言葉を交わす
小柄な少女を横目で見ると、頭1つ分違う椿は子供のように笑っていた

「…ところで椿ちゃんさ、何の仕事してるわけ?」
「私?んーとね、秘密の仕事」
「またそうやって…」
「女には少しくらい秘密があるほうが可愛く見えるんだよ、沖田さん」
「……」

ふわふわと笑う椿には、心の隙が見えない
立ち入るな。と暗に言っている様だった

「あぁ、残念だ沖田さん
もう時間だ、私帰らなきゃ」
「……うん、そっか
じゃあまたね椿ちゃん」
「ばいばい」

去っていく椿に手を振り返す

「……今日は月が綺麗だね、なんて」


闇に消えた少女を見送り、
空を見上げる


曇りがかった空を、見上げる
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