夕陽の用心棒

□苦い…
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ICPOニューヨーク支部。


あまり眺めの良くない低層階の一角に、ルパン専属特別捜査室のオフィスが小さく設けられていた。


綾はルパン専属の犯罪コンサルタントという名目で、数ヶ月前からこのオフィスに厄介になっている。



綾はソファに腰をおろし、目頭を押さえてため息をついた。


目が疲労を訴えて痛みはじめていた。


少し根を詰め過ぎたようだ。



トン。


銭形が綾の前に大きなマグカップを置いた。


真っ黒なコーヒーが湯気を立てている。


コーヒーより、濃いアッサムが飲みたいと綾は思った。


次元ならこんな時、何も言わなくてもアッサムを出してくれるのに。


綾は黙ってカップに口をつけた。


舌が焼けるような熱さだったが、構わず喉に流し込む。


熱い。そして。


「苦い……」


消え入りそうな小さな呟きだったが、銭形は耳ざとく聞きつけた。


「あぁ、すまん。気がきかなかったな」


苦笑を浮かべて立ち上がる。


「つい自分中心に考えちまう。えぇと、砂糖と…… ミルクも必要か?」


「いいえ。このままでいい」


綾はコーヒーを飲み干した。


熱でも苦味でも、
とにかく苦痛を感じていたかった。


はっきり感じられる刺激によってほんの一瞬でも嫌な事を忘れたい、そんな刹那的な理由からかもしれない。



綾はしばらく手にしたカップをもてあそんでいたが、やがて観念したようにポツリと言った。


「それで…… ルパンは見つかった?」


既にルパンのアジトはおろか、逮捕に役立ちそうな情報は全て提供済みだ。


銭形は首を振った。


「いや。教えてもらったアジトは全て当たってみたんだが、どこにもいなかった」


「そう…… ルパンの事だから、誰にも知られてない隠れ家があるのかもしれないわね」


そうだな、と銭形は短く答えた。


それから、言おうか言うまいかしばし逡巡した後に意を決して口を開いた。


「なぜルパンを恨むんだ」


綾がゆっくりと銭形の顔を見上げた。


銭形は綾をじっと見つめ返す。


「何かの間違いじゃないのか。ルパンは決して殺しなど……」


「知ってるわ」


「何だって?」


「そういう問題じゃないのよ」


綾はうつむいた。


「もう、遅いわ……」


カップをテーブルに置いて立ち上がり、ドアへと向かう。


「なぁ綾。いったいお前らに何があったんだ。いや、何であろうと、だ。この世の中に遅過ぎる事なんてない」


綾が泣き出すのではないかと思った銭形は、思いつく限りの言葉で綾を励ました。


「きっとやり直せるはずだ」


綾がドアに手をかけたまま立ち止まり、銭形をゆっくり振り返る。


「そうね。両親がいたあの頃に戻れるなら…… あるいは、ね」


そう言って寂しそうに微笑むと、綾は静かに部屋を出ていった。
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