夕陽の用心棒

□オ・シ・ゴ・ト、だと?
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「まったく、なんだってこんな辺鄙なとこにおこもりしてるの、次元ちゃん」


玄関を入るなり、ルパンは文句を言った。


「途中で引き返そうかと思っちゃったよ」


「普通『がけ崩れあり危険』『立ち入り禁止』って看板見た時点で引き返すと思うぞ」


「入るなって言われると入りたくなっちゃうんだなぁ、オレ」


ルパンはリビングのソファにどっかりと腰を下ろした。


アー疲れた、なんて言いながらため息をついている。


次元はさっき淹れたばかりのコーヒーをルパンに出した。


「あのさ次元ちゃん。いくら涼しくなってきたとはいえ、まだ秋だよ? ここはアイスコーヒーじゃない?」


「文句があるなら飲むな」


次元がカップを下げようとすると、ルパンは慌ててそれを止めた。


「わーっ美味しい! 美味しいなーっ!」


ワザとらしく言いながらコーヒーをすすっている。


次元はため息をついた。


「で、何の用だ」


「何って、決まってるでしょ。オ・シ・ゴ・ト!」


オリンピック招致のプレゼンよろしく言うと、ルパンはニヒヒと笑った。


「降りる」


「またまたまたまたまたまたま〜」


「最後の方がタマタマになってるぞ」


「五右エ門じゃあるまいし、修行僧よろしくこんな山奥にこもってるなんて。らしくないぜぇ、次元」


ルパンは懐から紙束を取り出し、テーブルの上に放った。


「次のターゲットはこいつだ」


ルパンはチラリと次元の反応を見た。


次元はわざと視線をそらし、だんまりをきめこんでいる。


「また連絡する。資料に目ぇ通しといてくれ」


ルパンはコーヒーを飲み干して出て行った。


玄関を出てSSKに歩み寄るルパンを、次元は窓越しに目で追った。


奴は、何も言わなかった。


何ヶ月も音信不通だと思ったら、ふいにこんな山奥までやって来て。


オ・シ・ゴ・ト、だと?


次元は玄関を飛び出した。


ルパンが開けようとした運転席のドアを足蹴りでおさえつける。


バン、ともの凄い音がした。


「うわっ」


ルパンは目を丸くして慌ててドアから手をはなした。


「乱暴だなぁ。車だって銃や女と同じに優しーく扱ってやらないと、調子悪くなったりするんだぞ」


「おめぇはいつもいつもいつもいつも、いーっつもそうだ!」


次元は感情のままに怒鳴り散らした。


「なんでもねぇって顔しやがって、肝心な事はみんな隠してやがる! それでも相棒かよっ!」


「次元……」


ルパンはため息をついた。


しばしの沈黙。


「すまねぇ、次元」


「どういう意味だ。やっぱり綾の言ったことが正しいと……」


「正直、俺にもわからねぇ」


ルパンは煙草に火をつけ、煙をゆっくりと吐き出した。


「あん時ゃ俺も若かったし、親父に反抗して帝国から飛び出しちまってたからな。不二子が何か握ってないかとも思ったんだが……」


「……まぁ、訊けないわな」


不二子の父親はクーデターの首謀者側についており、帝国側に殺されていた。


もちろん、父親の死は当然の報いだと不二子も分かっている。


だからルパンとの関係は、不二子の心の傷と同時進行で修復されていった。


だがルパンとしては、今さら古傷を引っ掻くようなマネはしたくないのだろう。


「綾から連絡は?」


ルパンが訊ねた。次元は答えない。


連絡どころか消息もつかめていない事は、訊く前から分かっていた。


1人になりたがる。


仕事を断る。


感情的になる。


これらがすべて綾との別れにつながっているのは、誰の目にも明らかだった。


「お前。心底惚れてたんだなぁ、綾に」


「悪いか」


「女々しいな、お前」


「何とでも言え」


「メメ子って呼んでやる。やーいメメ子。イジケ虫、ナメクジ、マルムシ」


「……脳天に鉛くらいたいか」


顔を見合わせてお互いにニヤリと笑う。


「じゃあな次元。また来らぁ」


ルパンはあらためてSSKに乗り込み、煙草を灰皿に投げ込むとエンジンキーを回した。


「あれ? かからね」


何度もかけ直すが、SSKはウンともスンとも言わない。


「ホラみろ次元。お前が蹴飛ばすから、彼女ご機嫌損ねちまったじゃねぇか」


「仕方ねぇな。責任取りゃいいんだろ」


次元はいったん家へ取って返し、裏手から愛車を出してきた。


マスタングのコンバーチブル。


「行くぞ、ルパン」


「そうこなくっちゃ!」


ルパンがヒラリと助手席に飛び乗ると、次元はアクセルを踏み込んだ。
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