怒りの用心棒

□その手を握るのは
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眠れない夜。

何度目かの寝返りの後、あきらめてベッドから降りた。

立て付けの悪い小さな窓をガタガタ開け、冷たい夜気を吸い込んだ。

小さなノックの音。

「眠れないんでしょう」

ドアに手をかけて、ミコが言った。

「来て。暖かいものでも飲みましょ」

ダイニングテーブルに腰かけると、ミコはキッチンに立った。

「ヒトの家なんて、落ち着かないでしょ。ごめんなさいね。綾ったら、誕生日には貴方を招待するって、きかなくて……」

俺は黙っていた。

確かに、暖かい家庭の中は妙に落ち着かない。

「おまけに、今夜はやけに静かだもの。普段なら気にしない小さな物音にも、意識が目覚めてしまうんでしょうね。神経がささくれ立って……貴方の職業病よ」

ささくれ立ってるとは。

だがまぁ、そうなんだろうと思った俺は、黙っていた。

「はい、どうぞ」

ミコが俺の前に湯気の立つマグカップを置き、自分もカップを手に向かい側に座った。

カップの中身はホットミルク。

「酒は……」

「ある訳ないでしょ」

「……子供の飲みもんじゃねぇか」

「まぁ良いじゃない。私はいつも飲んでるのよ」

ミコは柔らかく微笑んだ。

テーブルに頬杖をついて両手で顎を支え、俺を見る。

居心地の悪い事、この上無い。

俺は黙ったまま、マグカップに手を伸ばした。

ミコの顔から笑みが消え、真顔になった。

「手、傷だらけね……」

ハッとして、俺はテーブルから手を下ろそうとした。

傷痕も多いし荒れ放題。

明るい蛍光灯の下で見られた手じゃないのはよく分かっている。

「隠さなくても良いじゃない」

ミコは自分の手を伸ばして、俺の手を掴んだ。

「見せて」

「見るようなもんじゃねぇ」

「良いから良いから」

ミコは俺の手を自分の方へ引き寄せ、そこへ視線を落とした。

「この手を見ると、貴方がどんなに過酷な人生を送ってきたか分かるわ……」

呟くようにそう言って、自分の手を重ね、優しい仕草でそっと手の甲を撫でた。

「ねぇ」

ミコが手を放した。

「いつか、貴方の隣でその手を握るのは、いったいどんな人なのかしらね」

「は……?」

突然の言葉に驚いて顔を上げると、ミコは目を細めて笑った。

小春日和の、日だまりの様な笑みだった。



「次元! じーげーん!」

「あ……?」

名前を連呼され、我に返ったアジトへの帰り道。

綾が前に回り込み、斜め下からいきなり顔を覗かせる。

「うわっ。脅かすなよ」

「隙あり過ぎ。私が殺し屋なら確実に死んでるよ?」

親指と人差し指で銃の形を作って、得意気にフフンと鼻を鳴らす綾。

殺気なら近付いた時点で気づくというのに。

「行こ。ルパンが呼んでる」

綾は俺の手を握って微笑んだ。

誰もが心を開いてしまうような、無垢であどけない笑顔。

今……

俺の手を握ってるのが自分の娘だと知ったら、ミコはどんな顔をするんだろう。

「ほら次元!」

「わーってるって」

彼女の手を少しだけ強く握り返して。

俺は再び、ゆっくりと歩き始めた。


おわり
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