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□君を想う季節
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君を想う季節


またこの季節がやってくる



青い空は何処までも澄み渡り、木々たちが風に誘われてざわめくこの場所は、ずっと変わらずに毎年僕を迎えてくれる。



君の手を取り

銀杏の並木道を駆け回った少年時代。



山桜の根元には二人だけの宝物。



いつか一緒に掘り返そうと、強く小指を絡めたあの頃の僕たちは

約束は必ず果たされるものだと信じて疑うことさえ知らなかった。





舞い落ちる桜の花びらを数え、共に眠りについた日も

茂みの蛇から君を守り、英雄気分に浸った日も







特別で



一瞬だって忘れたくない思い出なのに

思い出だったのに



現実は夢となり、夢は現実となる。










天井が、見えた。

一点の染みもない、真っ白な天井が。


その真っ白な空間に同化するように、白衣を纏った人々が横たわった僕を囲んでいた。




「精神、脳波共に異常無し。数日の監察後、被験者を解放」




 以上で記憶置換、及び記憶植付け実験を
 完全終了する




僕…いや、俺は死刑囚だった。

俺には、本当はあんな輝いた季節は一瞬だってなくて。暗い 、黄泉路よりも荒んだ世界をずっとずっと生きてきた。


俗世に溺れ、流されるままに死だけを見つめながら刹那の生を感じる。
そんな毎日。




監獄行きになっても、そこから脱するのは容易だと知っていた。

そう…

裏政府の軍事実験に被験者として協力する事でその刑期、罪を免除される…そういう契約だった。




―――全く、悪い夢だ。



高校生の僕は40を越えた中年親父だったなんてね。


本当に……

悪い、夢だ。


この世界には君がいないのだから…





山桜の根元をいくら掘り返したところで、宝は見つからない。

君と俺の写真は見つからない。
君が、見つからない。




宛てもなくふらふらと街を歩いても、目に映る景色は以前より褪せているようだ。

俺は自由と引き換えに君を手に入れて、君を失った。




存在しない君の記憶に痛みと空虚な哀しみに暮れながら、俺は思い出す。


鮮やかに変わる木々を眺める度に、巡る季節を感じる度に…



君を、想わずにはいられない。




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