宝物殿

□そんな日常 (ナルサス)
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「…美味いか?」
「もちろんだって」



満足気にナルトが笑う、

ごくり、

咽下する喉元と蜜を舐める指先と舌に惹かれた。




【そんな日常】





深々とした夜の帳。
一際大きく恒恒と明るい妙な存在感を放つ満月に、ナルトは一人月見酒と洒落こんでいた。

手ずから泡盛を水で割り、肴は月のみ、と決めているのか、物臭なだけか彼の手の届く範囲にあり尚且つ口に入れるものはかちわりと水と酒のみである。

窓辺に肘をつき特に思う顔もなく飲んでいる。


ただ一人、ただ一人を待っていた。


日の暮れる前から飲み始め機械的な配分で飲んでいるアルコール度数45゚を誇る古酒は呆れたことにもう底を尽きかけていた。

ああ、流石にこれは怒られる

以前から度々飲んでいた瓶だとはいえ、三分の二程は残っていたはずだが。


「…‥あー。中身入れとくってのは」
「…気づかないはずがないだろう」
「やっぱり?」


呆れた気配と声にゆっくりと頭を傾ぐとそこにはひたすらに待っていた想い人。


「…おかえりってば、サスケ?」
「ただいま」
「飲む?あとひとつ、とっておきがある」
「月見酒?」
「ああ」


ナルトがグラスを掲げてみせるとサスケが軽く頷いて誘われるように夜空を見上げた。


「…ホットケーキ…」
「へ?」
「ホットケーキ、食べるか」


サスケの任務帰りの何処かしら張りつめていた頬が楽しそうに緩くほどけたのに、ナルトは一も二もなく頷いた。




***




そういえばサスケはお月見はフライパンにデカいホットケーキ作って食べたい衝動に駆られるんだったなあ、と少し酔った頭でナルトはぼんやりと思い出した。

ホットケーキが焼ける独特の、甘く香ばしい匂いが漂ってくる。

酒飲みには辛党が多い、とよくいわれるがナルト自身そんなことはない。それはサスケもまた然り。最もサスケなどは元来食に対する欲が低いのもあり、あまり口にすることもないのだが。

地酒にはやはりその土地で生まれた食材が一番合うものだが、まあ酒の肴に特にこだわりがあるわけでもない。


「…ナルト、」


放られた蜂蜜の瓶をひたりと捕えて肘をついた窓枠に置く。
右手にケーキを入れた平たい直径三十センチほどの皿を持ったサスケが、襖一枚を隔てた台所から戻ってきた。


「着替えたのか」
「当たり前だ」


襟首の大きく開いた家紋の入った黒いシャツ。
今では、任務に出る際には支給された暗部服なため、この格好のサスケを拝めるのはよほど親しい者だけだ。
ナルトが見せないように仕向けている、とは否定出来ないが。

皿がごとり、と置かれ次いでカッテージチーズの小皿が置かれる。
サスケが蜂蜜の瓶に突っ込んだスプーンからチーズに蜜を垂らしてざっくりと混ぜた。


「ホットケーキに?」
「ああ」


切り分けたケーキにチーズをのせてナルトは手掴みで口に運んだ。


「…美味いか?」
「もちろんだって」


味わって食べたそれを咽下して、口元についた蜂蜜を舌で舐めとった。ついでに指先も舐める。

満月気に笑うナルトにサスケがすう、と目を細めた。

無表情にケーキに手を伸ばすサスケを制して再びナルトはスプーンを手にとった。


「…‥サースケ?」
「…‥」
「あーん」


眉根を寄せたサスケはしかし素直に口を開いた。切り分けた一口分をその僅かな隙間にそっ、と押し込む。

サスケの白い喉仏に飲み込んだことを確認して同じ作業を数度繰り返す。

幾度かすると明らかに警戒を解いたサスケに悪戯心が湧いて、顔には出さないままにんまりと笑う。

小さなケーキを摘んだ指先を先程より深めに入れ、垂れていた蜂蜜を塗りこめるように赤い舌をそろりとなぞって引き抜いた。

柳眉を跳ね上げたサスケが文句を言うわけでもなくもごもごと咀嚼し、
すう、
と無造作に口を開く。


これは誘われていると取って間違いないのか、
ちらりと伺った表情からは判断をつけられずにナルトは促されるままに蜂蜜を垂らしたチーズをホットケーキにのせた。


与えるナルトと享受するサスケの視線が絡む。


差し出されたケーキへそれまでは自らは動かなかったサスケが口を寄せてそれを持つナルトの手ごと、口に含んだ。

中指に当たる歯と湿った舌の感触にナルトはふ、と息を吐く。

ささくれの出来た皮の厚い中指が妖しく、

舌を撫で、
歯列を辿り、
上顎をなぞり、
ゆっくりと引き抜かれる擬似的なキス。


「…甘い」


中指を口に含み、指先に付着した唾液を吸ってナルトがぼそり、と呟いた。

蜂蜜の豊かな香りと僅かに残る甘さを感じとった舌がこんなものでは足りないと脊髄に訴える。


視界から攻めてくる恋人は威風然とした満月の寵愛を一身に受けたようにあくまで静寂に輝き、白い肌がぼうっと浮き立っている。

つくづく、闇に映える月の明かりがよく似合う。

ぼてりと赤く熟れた唇が甘い芳香を放って誘う。


断る由など、あるはずも無かい。



月だけが、悠然と二人を見ていた。







END
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