宝物殿

□ちょっとたまには一休み(幸佐)
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「はぁぁっ!はっ!ぬぉぉぉぉっ……!!」

「……旦那ぁ、旦那ぁ?ちょっと、聞いてる?」

佐助は、縁側で胡座をかき、頬杖をついては溜息を吐く。

【どんな状況に於いても、日々の鍛錬は欠かさない】

のが、主真田幸村の信念らしい。

それはそれで、自分の主として誇らしいところではあるが、出来れば無理をしてまでそれを貫いて欲しくは無い。

先程まで布団の中で鼻を垂らしながら、うんうんと唸っていたのに。
熱だって全く下がっていないのに。

こんな状態で炎天下の中、幸村は槍を持ち鍛錬を続けている。

こうして無理をしているから、治るものも治らないのに。

二、三日前から幸村は風邪を引いて寝込んでいる。
鍛錬の時間以外は大人しく寝てくれているのだが、此れだけは欠かせないと、どうしても休んでくれない。

「ゴホッ…ゴホッ……」

乾いた土埃が足元で舞い、幸村は咽て咳をする。
佐助は、慌てて幸村に駆け寄ると背中を撫でてやる。
普段なら、こんな事で咽たりしないのに……

「旦那、大丈夫?気管に入った?」

「ゴホッ…大丈夫だ…土ぼこりが舞い上がってな……」

佐助が触れた背中は、必要以上に熱を持っていて……それは、身体を動かしたせいだけでないのは、一目瞭然だった。

「旦那、もう止めよう?今日はこの辺にして、ゆっくり休んで下さいな。」

「むぅ…ならぬ!まだ足りぬぞ、佐助。某は、お館様の御為に…」

「あー、はいはい、分かりましたよっと。もう旦那のそれは聞き飽きました。」

佐助は、呆れたと溜息を一つ吐くと、ヒラヒラと手を振り、また縁側へと戻る。

「佐助ぇ!何だその態度は!お館様に失礼であろう!」

「だったら、お館様に謝ってきますよ。早く続けたら?」

よいしょと縁側に腰を下ろし、再び頬杖をついて幸村に視線を向けた。
頑固で一度決めたら曲げない性格を、良いと思うか悪いと思うかは人それぞれだ。
少なくとも、佐助はそんな幸村が好きな訳だが……。

幸村は、面白くないと言った表情を浮かべるが、また再び槍を振るう。

時々手を休めては額から流れる汗を拭う。
乱れた呼吸はいつもと違って、苦しそうだ。

幸村は、口を開けば『お館様』。
少しでも自分の気持ちを考えてくれた事があるだろうか…と、佐助は愚痴りたくなった。


こんなにも心配してるのに。


無理をして倒れでもしたら、それこそお館様の御為などなる訳が無い。

佐助の目に映る幸村は、ゼェゼェと呼吸を整えている。


苦しそうで、
とても辛そうだ。



佐助は、もう辛抱出来ない、とゆっくり口を開いた。
姿勢も表情も崩さずに。



「ね、旦那。しよ?」


「……は…?」

佐助の突然の申し出に、幸村は勢い良く振り向いた。

「なんかね、旦那見てたらしたくなっちゃったの。だから、しよ?」

佐助はニッコリと微笑むと、おいでおいでと手招きをする。

「し、し、しかしだな!某、まだ本日の鍛錬が残っております故……」

思いもよらない佐助の誘いに、幸村は身体をカチカチに緊張させ、しどろもどろになる。
終いには佐助にまで敬語を使う始末だ。

「気ぃ変わっちゃうよー?今日は、俺様が旦那に奉仕してあげる……」

佐助はペロリと舌を出し唇を舐めた。
そして、座ったままの姿勢で後ろに後退していく。
幸村から視線を離さないように。

「旦那、早く」

幸村はゴクリと喉を鳴らすと、鍛錬用の槍を放り、半ば放心で佐助の後を追う。
そして、先程まで幸村が休んでいた布団の上まで来れば、佐助は自ら着物の帯を緩める。
それを幸村が見れば、もう我慢出来ぬと飛び掛かるように佐助を押し倒した。

「佐助…佐助っ…!」

「旦那、ちょっ…ゆっくりね?時間はたっぷりあるんだし……」

「こんな風に誘われて、ゆっくりなど悠長な事を言うな…もう、我慢など出来るわけなかろう!」

幸村は、佐助の首筋から鎖骨に掛けて舌を這わせる。
熱を持った幸村の舌は、いつものそれよりも熱く、佐助は思わず身を震わせる。
その反応を見逃さなかった幸村は、佐助の着物の襟を掴むと更に開かせる。

「ちょっと待った!今日は俺様が旦那に奉仕するんだから、旦那は早く布団に入って!」

佐助は、鎖骨から胸へと舌を這わせていく幸村の頭をしっかりと掴むと、それを引き剥がす。

「それは、後でも良かろう……先ずは、俺が、佐助を…っ…」

もっと佐助に触れたいと、幸村は自らの頭を押しやる佐助の腕を掴んだ。

「こんの馬鹿力っ……良いから素直に言う事聞きなさいってのっ……」

佐助は、上手く身を返し幸村の下から這い出ると逆に幸村の上に跨がった。

こういう時は、幸村が病気で良かったと思う。
普段だったら絶対にこんな風にはいかないだろう。

そして、抵抗を最小限に抑える為に、幸村の肩の辺りに身体を移動させる。

「な、何をするか!佐助ぇ!」

「良いから、黙ってなさいって…っ」

佐助が、先程使っていた水桶を手元に手繰れば、幸村は佐助の腰を掴み押し倒そうとする。
それでも、高熱のある幸村の力だ。簡単に佐助を押し倒す事は出来ない。
と、幸村は佐助の尻に手を這わせた。

「ちょっ!馬鹿!何処触ってんのよ!」

「煩い!これからしようと言うのに、何を恥ずかしがるか!」

「誰も…そうゆう事をしようなんて…言って無いでしょうがっ!」



【ペシン!】



爽快な音を立てたのは、水に濡らした手拭。
見事に幸村の額に宛がわれた。

「これ、落としちゃ駄目だからね!」

佐助に言われれば、何故か言う事を聞いてしまう。
先程まで暴れていたのが嘘のように、幸村はピタリと動きを止めた。

「さ、佐助……一体これは……」

訳が分からぬと、幸村は困惑しているようだった。

「旦那がいくら言っても聞かないから。こうするしかなかったの。ちゃんと安静にしてるんですよ?今日はたっぷり俺様がご奉仕しますから。」

佐助は、ニッコリ微笑み満足そうに幸村の上から身体を退けた。

「さ、さ、佐助ぇぇぇっ!!お前…俺を騙したな!?」

「嫌だなぁ、人聞きの悪い。俺は『しよう』とは言ったけど、何をしようとまでは言ってませんからね?旦那が勝手に勘違いしたんじゃないのさ。約束どおり、奉仕はさせてもらいますよ?」

そう言うと、佐助は鍛錬で汗をかいた幸村の身体を拭いてやる。

「あんなに…可愛く誘ってくるから…おかしいと思ってたんだ……」

幸村はあまりの衝撃にわなわなと震えている。
相当期待してしまったのだろう。



「心配だったの。旦那が無理するから……こういう時くらい休んで欲しいのに……」

佐助は、手拭を幸村の肌に這わせながら、ポツリと呟いた。

「倒れたら意味ないんだよ。騙したのは悪いと思うけどさ……こうでもしなきゃ、旦那は俺の話なんて聞いてくれないじゃない……」

「…佐助…」

幸村は手を伸ばすと、そっと佐助の頬に触れた。

「佐助の…話を聞かなかった訳じゃない……だから、そんな顔しないでくれ……」

すると、佐助は幸村に覆いかぶさるようにギュウと抱きついた。

「好きだから…心配するんだからね……分かってよね……」

「う、うむ……それでだな、次からは佐助の言う事にきちんと耳を傾けるから……」

「傾けるから?」

「つ、続きをさせてくれないだろうか…?そ、某、もう我慢がきかぬ……!」

幸村は額にあった手拭を取ると、其れを佐助の額へと押し当てた。
そして、そのまま佐助を転がすとニタリと笑った。

「佐助、落とすなよ?お前が言ったんだからな?」

「え?え?えぇーーー!?」

そう言われてしまえば、動けなくなってしまうのが人間の心理で、何故か佐助はピタリと動きを止める。

「って、それって違うよね!?ちょっと!旦那!どこ触ってんのよ!!ぎゃー!!!!」






結局その後、佐助が奉仕をする事も無かった。
そして、手拭を落としたと、お仕置きと称して幸村に良いようにされた佐助であった。






**********

次の日。

「ハァッックション!!」

「なんだ、佐助、風邪か?」

「……アンタのせいでしょうがっ!!!!」

幸村は佐助のお陰で全快。
いや寧ろ肌の色艶まで増したかの如く元気になった。
逆に、佐助がこの後大熱で暫く寝込んだとか寝込まなかったとか……






【了】
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