拍手文庫2
□寒い夜(弁佐)
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【寒い夜】
「さむいな! さすけぇ」
そんなこと、全く、微塵も思ってないだろ、とツッコミを入れたくなるような元気な声が、夜具の中から響いた。
上掛けから覗いている、子供特有の、膨らみのある頬っぺたが、少しばかり赤い。
「……そうですね」
ずれた上掛けを肩口まで引き上げてから、佐助は相槌を打った。
「さすけも、そうおもうか?」
見上げてくる大きな瞳は、期待にきらきらと輝いている。
人間の瞳が輝くなんてことを知ったのは、この小さな主を見てからだ。
「そう思うよ。だから、あったかくして寝なよ、弁丸さま」
そう言って上掛けの上から、とんとん、と軽く叩いてやる。
「だがな、さすけ」
いつもなら、ここで目を瞑るのだが、今日は違うようだ。
大きな瞳で見上げたままに、小さな主は言葉を続けた。
「べんまるは、さむいのだ。さすけに、あたためて ほしいのだ」
そうきたか、と佐助は内心で苦笑する。
屋敷の大人達が話していることから、いらぬ言葉を覚えたらしい。
〔まあ、大人が言ったら、お誘いだろうけど……〕
この小さな主が、何を思ってこんなことを言い出したのかは不明だが。
「さすけも さむいであろう? べんまるといっしょに ねるぞ!」
要は、一緒に寝たいだけらしい。
「ダメだよ、弁丸さま」
小さな主の願いはわかっていても、叶えてやれないこともある。
「なぜじゃ?」
「俺様まだ、仕事が残ってるし」
「むうぅ」
「弁丸さまが寒いなら、湯たんぽでも持って来ようか?」
「……さすけが おらぬのなら、いらぬ」
「そう……」
もぞもぞと上掛けの中に潜り込んだ小さな主の、雀色の髪が、悄気たように覗いている。
〔ごめんね、弁丸さま〕
「おやすみなさい、弁丸さま」
盛り上がった夜具の中から、くぐもった声が聞こえた。
そっと出た廊下から空を見上げれば、墨色に白い点々が混じってきた。
「あー、寒い訳だよね」
きっと朝になれば、世界は白く色付くだろう。
そうすれば、目覚めた主の機嫌も回復するだろう。
「着替えを多めに用意しときますかねぇ」
くすり、と笑ってごちると、佐助は主の部屋を後にした。
了
なかなかうまく、いかないね。