ナルサス部屋
□ホットミルク
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【ホットミルク】
「サスケェ〜。ホットミルク、作ってくれってばよぉ」
いきなりやって来たと思ったら、開口一番そんなことを言ったナルトに、
「はぁ?」
サスケは呆れたようにその顔を見やった。
「それくらい自分でしろ」
巻物の解読を邪魔された苛立ちから、サスケはつっけんどんに言い返す。
「だってぇ、自分じゃ、サスケのみたく美味くなんねぇんだもんよ」
拗ねた子供の言い訳よろしく膨らませたナルトの頬には、昔のような丸みもなくて。
成長するにしたがって鋭角的になってきた顔立ちは、その実力に伴うくらいには男らしさも貫禄も出てきたというのに…。
目の前にいる様は、子供の頃のまんま。
「…お前はガキか」
心底馬鹿にしたようなサスケの顔も、これまた成長するにしたがって、その輪郭も削ぎ落とされていったが。
それと同時に、持っていた秀麗さが際立つようになっていった。
ともすれば冷酷とも見えるその眼差しも、周囲を黙らせるには有効ではあったが。
如何せん。
目の前のナルトには、針の先ほどの効果もなかった。
「なあ、ガキでもなんでもいいからさぁ。作ってくれってばよぉ」
「お前なぁ」
呆れから怒りを滲ませ始めた眉間に、シワが寄る。
〔あーあ。綺麗な顔なのに…〕
つられてナルトも眉をしかめる。
けれど、どんな表情をしていても、サスケは綺麗だと思う。
〔もっと、いろんな顔を見せてくれたらいいのに…〕
「おい、聞いてんのか、ドベ」
ぼんやりと思考の波に揺られていたナルトは、ハタ、とサスケを見やる。
「…もう、ドベじゃないってばよぉ」
拗ねた顔のまま、甘えるように伸ばされた手が、サスケに触れる。
「サスケェ」
床に胡座をかいて座っていたサスケの膝に、ナルトは甘えるように擦り寄った。
「…お前…。何かあったのか?」
ナルトが自分に甘えてくるのは、いつものことだ。
決して珍しいことではない。
けれど、大抵は軽い言い合いとスキンシップで満足しているらしい。
…まあ、たまに。
スキンシップ以上になることはあるけれど。
「ナルト?」
「ん…?」
サスケの膝を枕にしたナルトは、ぐるん、と体を丸めて小さくなっている。
「ナルト…?」
その顔を覗き見ようとするのだが、
「……」
「おい」
「…」
ナルトはサスケの膝に埋もれるように顔を伏せているので、表情はわからない。
「…んったく。このウスラトンカチ」
ぺしっ、と頭を叩く。
「痛てぇよぉ」
「煩い。そんなでかい図体で何言ってやがる」
「だって…」
それでも顔を上げないナルトに、サスケは大きなため息をついた。
「いつまでそうしてやがる。いらねぇなら、作らねぇぞ」
「…作ってくれんのか?」
もそもそと身を起こしたナルトが、サスケを見上げる。
秋空を映し込んだような、ナルトの透明な空色の瞳。
けれど、今日の空は曇り空らしい。
それが、何となく癪に触る。
「作ってくれ、と言って勝手に来たのはどこのどいつだ。あ?」
多少の怒気を滲ませながら、サスケはナルトの頬をつねる。
「ぅ、オレ、です」
「そんなら、俺の気が変わらねぇうちに、さっさと退け」
「…ん」
逡巡するように視線を落としたナルトを、サスケはじっと見据える。
「ナルト」
サスケの声に、ナルトは視線を上げる。
「どーすんだ」
このまま、ふて寝をしたいのか。
それとも、ホットミルクを飲みたいのか。
言葉は乱暴だが、それでも選択肢をくれるサスケを、優しいと思う。
そして、その優しさを向けてくれるサスケを、誰よりも愛しく思う。
優しくされて。
わがままを言うことを、許されていると、思う。
そして自分は、その優しさに甘えているのだと、思う。
自分の心に巣くった鬱屈を、サスケに甘えることで、埋めているのだと思う。
それをサスケはわかっていて、
けれど、黙っているのだということも…。
本当は自分でわかっているのだけれど…。
「……。ごめん」
うなだれた太陽の金色頭を、サスケはもう一度はたいた。
「謝るくらいなら、最初から言え」
それは、謝罪の言葉や、わがままを言ったことを指すのではなくて。
「うん…。ごめん」
再度口にしたナルトの頭を、サスケはもう一度叩いた。
「いいから退け」
言われるままに、ナルトはサスケの膝から離れる。
「少し待ってろ」
そう言って台所へと消えた硬質な闇色の後ろ姿を、ナルトはぼんやりと見送っていた。