パラレル
□恋に恋する男
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記憶消去失敗
昨日のことは忘れよう。
すっぱりさっぱり忘れよう。
それが、綱吉が一晩、あーとかうーとか唸りながら出した答えだった。
目の下には、はっきりと隈ができてしまった。
なんとか目を開けてはいたものの、講師の先生の話は、完全に右から左へスルーの状態だ。
名も知らぬ悪人面の男を恨めしく思い出しては、その度に、いやいやそんな人は知りません、と自分に言い聞かせる。
そんなことを一日に何度も繰り返した為に、綱吉の体は、帰路につく頃には精神的にも肉体的にも、すっかり疲れはててしまった。
右肩に掛けたショルダーバッグが、いつにも増して肩に食い込んでいる気がする。
「……くそぅ、アイツ、次に会った時にはもう一発殴ってやる……。
……って、いやいや、アイツって誰だよ、そんな人シリマセン」
あっちへフラフラ、こっちへフラフラ、今の綱吉の足元は、泥酔状態のおじさんと肩を並べる程覚束なかった。
頭の中には、早く帰って寝ることしかない。
もうほとんど、体の記憶だけで歩いているようなものだった。
そんな状態では、踏み出した横断歩道の向かいに立つ、歩行者用の信号機の赤いランプを認識出来る筈もない。
車の近付く音すら、今の綱吉の耳には届いていなかった。
「……ぐ、ぇっ!? 」
そのままでは事故必至だと思われたが、間一髪、一歩目が車道につくより早く、綱吉の体は強い力で後ろに引っ張られた。
コンマ単位遅れて、目の前を大型トラックが通りすぎて行く。
目を見開く綱吉の腰に優しく腕が回され、ふわりと抱き締められた。
非常にデジャヴなそれらの感覚に、綱吉はただ呆然と瞬きを繰り返す。
「は……」
「前はちゃんと見て歩けっつったろ」
唐突に、後ろから声が掛けられた。
微かな笑いと優しさを感じる声だったにも関わらず、綱吉には、それを聞いても、全く安心することが出来なかった。
こめかみが、ヒクリとひきつる。
ゆっくりと振り返った先に見えたのは、昨日から綱吉の頭に、鍋にこびりついた焦げの様に張り付いてどうしても消えてくれなかった、名も知らぬ男の不気味な笑顔だった。
「やっぱりテメェは俺の運命の相手だ」
ちゅ、と音をたてて頬に軽く唇を押しあてられ、綱吉は、彼はきっとどこかに頭のネジを数本落としてきたらしい、と確信した。
to be continued...