SHORT
□平和
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誰かが部屋に入ってくる音がした。
カツカツと靴の音がして、すぐ近くで止まった。
綱吉はそれに気付いていたし、入って来たのが誰だかも、ほぼ間違いなく把握していたけれど、敢えて机に伏せたまま、ジッとしていた。
不思議な程にドキドキしてしまって、顔がニヤけるのを抑えるのに必死だった。
開け放っていた窓から乾いた風が入り込んできて、綱吉の髪を揺らす。
カーテンがふうわりと広がって、しぼんだ。
「おい」と頭上で声がした。
若干の呆れと苛立ちが含まれた声だった。
我慢しきれなかった笑みが、うっすら浮き出てしまう。
コツリと、更に近いところで音が聞こえた。
顔に影が差す感覚があった後に、ぽふんと、何かが頭に載せられる。
くしゃくしゃと、些か乱暴に頭を撫でられて、それが彼の手だと理解した。
思いの外心地好くて、じわじわと眠気が襲ってきたのだけれど、遠ざかる意識を引き留めるように「いい加減にしろ」と、さっきよりいくらか苛立った声で言われてしまった。
今度は隠さずにクスクスと笑って、顔だけ彼の方に向ける。
思った通りの仏頂面が、そこにはあった。
「いいじゃん、もう少しだけ」
「ふざけんな」
そう言いながらもくしゃくしゃと頭を撫でてくれる彼が、好きだなと思った。
静かに目を閉じる。
頭上で「寝るなカス」と聞こえたけれど、聞かなかったことにした。
END