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03/06(Fri) 14:48
君と交わす明日への約束 ランサー兄さんの後悔
壱原 紅

昔々の御話です
かの英雄の噺をしましょう

栄光と勝利に満ちた……誰よりも真っ直ぐな生き方をした人の噺を



君と交わす明日への約束 F



柔らかく降り注ぐ月光の光、その下で2人の男は杯を交わしていた

「ふむ、やはり月見酒はよいな」
「街の光は此処まで届かねぇからな、それに旨い酒だと更に」
「…ああ、どの時代でも月だけはその美しさと輝きが変わらぬからな」

衛宮邸での梨事件の後、ランサーと小次郎は隠れ家へと戻ってきていた
お土産と称して幾らかの梨と、詫びを込めての日本酒を1本渡されて
眠るには少し早かったので、そのまま月見酒へと移行したした……というわけだった


「……おまけに隣にいるのがお前なら、本当最高だぜ」
「?、何か言ったかランサー」
「いんや、坊主達もいい酒くれたもんだって言っただけだ」

思わず本音が口から零れるランサーだが、きょとんとした小次郎の様子に軽い誤魔化しをしつつ笑っていた

「それにしても、本当に今宵は明るいな」
「ああ、晴れてるうえに満月なら当然だろうけどよ」
「違いない、それ故に人は太陽とは違う輝きに恋焦がれるのだろう、昔も、そしてこれからもな」
「はっ、相変わらずキザな事をいうなぁお前は」

ふ、とその言葉にランサーは一瞬だけ魅入られたように月を眺めると――――――



その綺麗な満月は、今も昔も変わらないまま
悠久の流れに在り続ける、己の記憶に刻まれて

忘れたくても忘れられない、その時の記憶をも蘇らせるのだ



――――――そんな、『記憶』を思い出した

「………あ――、思い出しちまった」
「何だ、藪から棒に」
「なぁ…小次郎、ちょっと俺の話を聞いてくれねぇか?」
「……お主がそんな改まっていうのは、大抵……」
「違げぇよ、そんな不真面目な内容じゃねぇって」

訝しげに顔を顰める小次郎に、ランサーは手を軽く振って否定すると


「なんてこたねぇよ、ただの昔話だ……もっとも、俺の話なんだがな」


苦々しく笑って、そう告げた


****


ある一冊の本に、こう記されている



『―――ドルイドは語った
この日、幼き手に槍持つ者はあらゆる栄光、あらゆる賛美をほしいままにするだろうと
この土地、この時代が海に没するその時まで、人も鳥も花でさえも彼を忘れる事はない』

『五つ国に知らぬものなく
彼を愛さぬ女はおらず、彼を誇らぬ男はおるまい
槍の閃きは赤枝の誉れとなり、戦車の嘶きは牛獲りを震えさせる
いと崇き光の御子、その手に掴むは栄光のみ
命を終える刻ですら、地に膝をつく事はない』

『だが心せよ、ハシバミの幼子よ
星の瞬きのように、その栄光は疾く燃え尽きる
何よりも高い武勲と共に、お前は誰よりも速く、地平の彼方に没するのだ――』



光の英雄と呼ばれたクーフーリン
その人生は栄光と勝利に満ちていたと人々は言う

しかし、死ぬ間際に願ったのは戦いの場
願わなければならないほどに、生前彼の全力を尽くした戦いを求める願いは叶わなかった


「ガキの頃はそりゃもう好き放題やったぜ、戦いに出るなと言われれば兵士共を薙ぎ倒して戦車ぶっ壊したしな」

力の証明はいつだって簡単だった、自身に出来ないことなどないと信じていた

「惚れた女がいて、そいつを娶る為に戦ったこともあった、そいつを理由に喧嘩売ってきた奴もいたが纏めて叩きのめした」

倒せない相手などいない、困難な状況こそ望むところと喜び勇んで己の全力で立ち向かった

「そんな中、もっと強くなる為に『影の国』と呼ばれる場所に向かった…初めてだったぜ、負けたのは、しかも女相手に」

敗北と同時に弟子になり、兄弟のように慕った兄弟子と共に強さを競い合った日々は輝かしくも尊かった

「そうして俺は、弟子の中でいつの間にか一番になってた……俺の師であるあの女に、この槍を手渡された」



………思えば、その時には、全てが手遅れだったのだ………

03/06(Fri) 14:50
傷跡を癒すもの
壱原 紅

「俺の師…アイツの治めてた国は俺がゲイボルクを渡される時にはもう現世から切り離されて死者の国に成り果てるのが決められていた。
 ……人の身で神に近付いちまった人間に対して与えられたのは『現世でも幽世でもない場所への栄転(追放)だった」




『――――私は、おまえに殺してもらいたかったのかもな―――』


穏やかな声、祈るように微笑んだその笑顔が今も目に浮かぶ


『まいったのう、こうなる前に死んでおけばよかったか』


陰鬱とした城の庭で、自分の好きな豪快な笑い方をする魔女
最短の道のりで彼女の城に辿り着いた、自分


しかし、それでも―――――


『おぬしがもう少し早く生まれておればな。いや、若い若い』

くつくつと笑う彼女、愛弟子たる彼は1人前の戦士として受け止める

『悪かったな』

自分なりに、生き急いできたつもりだったが、




『どうやら、寄り道が過ぎたようだ―――――』

「…俺は、アイツを救ってやれなかった…」




……1人の男として、愛した女に悔いを残した。





――――――――その槍は、今もなお1つの悔いを残している



愛しい者の命だけを奪った魔の槍

親友として兄弟として初めて慕った男を殺し
己に会う為だけにやって来た息子を殺さざるを得なかった


…だがその前に、1人の女を殺める筈だった



ランサーは視線を夜空へ向ける
この現世で、昔と変わらない美しさを持つ夜空の満月……それを見上げながら苦笑すると



「ああ、しかし―――――――どうしてこう、いい女ばっかり縁が無いのかねぇ」



今更ながら、己が縁に愚痴を言った


****

ランサーが話し終わるまで、小次郎は最後まで月を見上げて聞いていた
そうして、隣に居る男の愚痴に、思わずにはいられなかった

「(なんとまぁ…報われぬ男よ…)」

確かにランサーは自分の知る限り素晴らしい英雄だ
どんなに不利な戦いでも確かにランサーは生き延びてきた

だが、誰が知ろう

その栄光の陰で、どんなに彼が傷ついていたと言う事を
親友と戦い、自らの息子すらその槍で葬り去った
何より、誰よりも惚れた女を救えなかった


いつだって、彼は自分の大事なモノを切り捨てていたのだ、その痛みや誰が知ろうか


「ランサー…」
「悪かった、こんなくだらねぇこと聞かせちまったな…酒が不味くなっちまった
今日俺は此処に居るからよ、もう部屋戻ってもいいんだぜ?何だかんだ言って今日は付き合ってもらったから「ランサー、私の話を聞け」な…!?」



―――――――だから、聞いてしまった以上この男に背を向けて去るなんて出来ない―――――――



月を見上げたまま此方を向かない男の顔を、肩口に押し付けるように抱き締めた


「何だ急に!?おい小次郎!」
「私は…以前お主に話したな、私が何なのかを」

驚いて離れようとするランサーの声を無視して話しかける、その言葉か内容に興味が出たかは分からないが動きを止まった

「私は英雄でも反英雄でも無い亡霊だ、だから最初は正直なところお主やセイバー達が羨ましかった
私は『佐々木小次郎』ではない、『燕返し』を生み出した「私」の名を誰かに知って欲しかった」

ランサーは黙って聞いている、それを気にせず言い続ける

「私はお主達とは違い親兄弟の顔が既に思い出せぬ、想い人が居たかももう分からぬ
……だが滑稽よな?僅かに残る記憶で私はそれでも後悔をしていない、剣に命を賭した事をそれでも後悔などしていないのだ」
「っ…!」

いつの間にか背中に回された手に、力が込められるのが分かった
怒っているのか、それとも同情してくれているのか、そんなことはどうでも良かった



―――――――ああそうだ、後悔なんて仕様がない、その先で祈ったのは戦いへの渇望、それ以外に望みなんて無かった―――――――


だが、それでも



「―――――――だがな、それでも愛しいと想う者が居なくなれば私は辛いと思う……少なくとも、泣くぐらいはするだろうよ」
「なっ…!?」
「なぁランサー、男が泣く時に必ずしも1人で無ければならんと決められている訳でもあるまい?
どうせ誇り高いお主の事よ……大方1人で誰にも知られんようにしていたのだろう、共に居る奥方にも縋る事無く、誰にも告げる事無く」

誰にも言わなかったのだろう、根本から既に英雄だったこの男は自分が涙するところを人に見られるなど耐え難かったのだろう
けれど、それは下らない理由ではなく…

「前から思っておったのだが…お主大概不器用なのだな?大切な相手こそ苦しめたくないから自身に背負い込むのはあのセイバーのマスターと弓兵によく似ておるぞ」
「あ?……はぁっ!?お前何言ってんだ!?」
「ふむ、信じられぬか?私も中々人を見る眼はあるのだがな…お主、自分が泣くところを見られるのを嫌がったのはただの『ぷらいど』とやらの為ではあるまいに」
「……」

黙り込む、それでも、また力が込められたことに肯定を見出して溜息を吐かずにはいられなかった
何て、強くて誇り高くて……それでいて、哀しくて優しい男だろう…と

03/06(Fri) 14:57
その痛みは貴方だけの物、私には全ては分からない、だから、せめて隣にいさせてください、その傷が少しでも癒えるならば……
壱原 紅

心はいつも中庸に
かつての友が、今は敵に
そんなことが何度もあったランサーにとって、その在り方こそが彼自身を確立している
 

それは、たとえ昨日の友が今日の敵であったとしても、殺しあうことに変わりはなく、彼の槍は例外なくその槍を持って『敵』を葬った
それが昨日の友であったものであったとしても…だ
 

だからこそ、彼は悲しみが表に出ない
気持ちは真ん中に置いてあるからこそ、身近にいた人間が死してしまったとしても、ひどく表面上は冷静を取り繕うことができた




だがそれは、あくまでも『表面上だけ』の話だ
彼がその事柄へ傷付き、悲しんでいたという事実は変わらない
それなのに、誰もその気持ちに気付き理解してくれなかったというのなら




「―――本当に、お互い運の無い星の下に生まれてしまったなランサー―――」




その気高くも悲しい生き様に
小次郎はそう告げることしか出来なかった



******



言葉はない
ただ今宵の幕は静かに下りる

重なる影は離れることなく
静かにその身を預けあうだろう

その折に、小さな雫が零れ落ちたか否かは
天上に輝く、美しくも儚い月光のみが知りえるのだ


END

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