ラブ&ヒーロー

□週刊誌に撮られた話
1ページ/1ページ



『激写!人気上昇中若手ヒーロー ファイアリー、出張先での深夜デート♡』


「ふざけるなああああああ!!!」

今朝発売された週刊誌の表紙にでかでかと書かれた文字に絶叫した。
私こと、緑谷泉は現在東北地方に、部屋を借りて半年間ほどの長期出張中だ。

「なんだよこれ!!テキトーなこと!書いてんじゃねぇーーー!!!」



雑誌を片手に叫ぶ私にその場にいたみんなが驚いて振り返った。怒ると口が悪くなる良くない癖が出てしまった。

「あっ…!すみません…!」

「ど、どうしたの…?」

先輩ヒーローが恐る恐る聞いてくるので、持っていた雑誌の該当ページを目の前に広げた。

「これですよ、これ!見てください!」

雑誌を受け取ると先輩ヒーローの周りにわらわらと人が集まってきた。今日パトロール中に街の人からちらちら視線を感じたのはこういうことだったのか…。

「なになに…。現在東北地方で活躍中の若手ヒーロー・ファイアリーは、現地で出会った同ヒーローとの愛を見つけたことがわかった…。そうなの?」

読み上げながら、にやにやする先輩は意地悪だ。

「これは…ぷっ!」

写真を見て吹き出してしまう人もいた。


「分かってて聞くのやめてくださいよ!こちとら長年の片思い実らせた相手を地元に残して単身赴任中なんですよ……ほんとに…しばらく会えてないんですから……!」

悲しくなってしまって、涙がわっと溢れ出した。

「それなのに…それなのに…こんな酷い記事が出た日に限って連絡が返ってこないんです!」

朝いつものようにしたメールの返事がないどころか未だに既読がつかない。何回かした電話も繋がらない。昨日は夜勤って言っていたから、今頃は寝ているのかもしれない。でも、もう夕方だっていうのに流石にメールの1つも来ないんじゃ、何か大きな事件や事故に巻き込まれたのかと心配になる。焦凍さんのことはヒーローであることも言わないようにしているので、心配していることも口には出せないし…。

「忙しいのでしょうけど…こんな記事のせいかもしれないし、いつもは割りとすぐに返事くれるのに!」

「大丈夫でしょ、随分雑な記事じゃない。これを書いた記者の目は節穴なのかしらね」
「だから泣くな、すぐに連絡が返ってくるさ」

慰めてくれる事務所の人たちの温かさが本当にありがたかった。ボーイッシュな先輩が私を慰めるべく抱きしめてくれた。付き合いも長くお世話になっているおかげで安心して身体を預けられた。


「ていうか、これ先輩じゃないですか!」
「いやあ参った参った。ついに間違えられてスクープされたよ」

そうなのだ。このボーイッシュな女の先輩こそ、今回スクープされた相手なのだ。先輩のコスチュームは素顔が隠れているので、気がつかなかったかもしれないが随分雑に書かれた記事だった。深夜デートって言うけど、事務所の人たちとご飯に行った帰りだし、たまたまツーショットになってるだけだし…周りに人いるもん。

「ところで泉をこんなにさせる愛しい人は誰なんだい?」

どさくさ紛れに先輩が聞いてきた。

「教えられません」

いつもきっぱり答えるが、先輩は何度も聞いてくる。いくら信頼している人とは言えそう簡単には言えない。焦凍さん絡みで親交のある雄英の先輩だってごく一部にしか言ってないんだから。

「どんな繋がりかくらいいいだろう?」
「ダメです、どこで誰が聞いてるかわからないんですよ」

しばらくして事務所の扉がノックされた。いつものように誰かが「はーい、どうぞー」と返事をして扉を開けた。

「え、ショート!?」

扉を開けた人が驚いて声をあげた。ショートと聞いて驚いて顔を上げると、そこには地元にいるはずの焦凍さんがいた。焦凍さんは事務所内を見回して私を見つけて、怒った顔をした。

「泉、これはなんだ!」

と手にした雑誌を掲げて、私の方へすごい勢いでやってくる。

「…お前か?」

私を抱きしめている先輩を見て、焦凍さんは静かに怒りの声を発した。

「なるほど」

先輩はボソッと言った。

「ちょっと待ってください、先輩は女性です」

先輩は私から離れて少し後ろに立った。面白そうに薄笑いを浮かべながら、腕を組んでいた。
焦凍さんは驚いて先輩の全身を見た。ショートカットで化粧気がなく確かに遠目から見たら男性の様にも見える。でも、すらりとした身体はよく見れば女性らしい。

「は…?」
「悪いね、私が男っぽいばかりに」

焦凍さんはとても驚いていた。

「恋愛対象は一応男なんだけど、可愛い後輩が今日は随分泣いててね。それがまた可愛いんだよ。私が貰おうかなって思ってたんだ」


「ふざけるな、泉は俺の…」

その言葉を聞いて焦凍さんは強い口調で言い返した。

「こんな記事信じたんですか…?」

遮る様に聞くと焦凍さんは、泣きそうな子どもみたいな顔になった。焦凍さんが感情的になっているのを見て、かえって冷静になっていた。

「俺を嫌いになったのかと」

「なる訳ないじゃないですか」

「…愛想をつかしたり…」

「それもありえません」

「離婚届…」

「書きません。しつこいですね!私があなたを愛さない日は生涯ありませんから!お兄ちゃんの前で誓ったじゃないですか!」

「良かった…」

焦凍さんは力が抜けた様に、近づいてくると私の肩に頭を乗せた。焦凍さんの頭を撫でてみる。いつもと逆なのが嬉しくって笑みが溢れてしまう。

「…信じていただけましたか…?連絡ないから事件か事故に巻き込まれたんじゃないかって心配したんですよ」
「悪かった。仕事終わってすぐ向かったんだが、新幹線の乗り場を間違えたり道に迷ったりしてこんな時間になった。スマホも忘れてきた」

乗り場を間違えるなんて相当焦ってたんだなぁ。同時に周りがざわざわし始めた。

「え、泉の彼氏ってショートだったの?」

「でも離婚届って言ってなかった?」


「あのー焦凍さん」
「なんだ」

肩から顔をあげた焦凍さんは私の手を取るとにぎにぎし始めた。俯いたままで表情はよく分からない。

「どうしましょう」

「もう言って良いだろ、誰に迷惑をかける訳じゃねぇし」

「で?泉、結局どういうことなの?こんだけ騒ぎにしたんだから白状してもらうよ?」

先輩はにやにやしながら言う。もう殆どわかってるじゃないですか。

「えーっと……」

事務所の皆さんに向き直る。視線がちょっと怖い。

「お察しの通りだと思いますが、私たち夫婦なんです」

はじめて言った…!気恥ずかしくて顔が熱くなる。

「夫婦、ねぇ…」

「…はい」

先輩がしみじみ言うのでなんだかどんどん顔が熱くなった。

「2人して照れるな!」

横を見ると焦凍さんも顔を赤くしていた。照れている焦凍さん可愛い。

「いつの間に結婚してたの?」

「卒業してすぐです」

「卒業してすぐって、え?何年前?」

「5年前ですね」

「ごっ!?」

「じゃあ、雄英時代に付き合ってたの?」

「あ、いえ…実はちゃんとしたお付き合いはしてなくて…」

「付き合ってないのに結婚したの⁉」

「ずっと好きだったんです。焦凍さんの卒業のときに、私が卒業したら一緒に暮らしてほしいって言ったんです。そしたら、卒業の時迎えに来てくれて…そのままあれよあれよと言う間に婚姻届を出してました」

ちょっと端折るが、簡潔に伝える。本当は何度も告白してて、そのたびに焦凍さんは「そうか」って言うだけだった。だから最後の賭けとして「同棲」をお願いしてみた。それに婚姻届を出す時には結構揉めている。



「泉、仕事今日はもう終わりか?」

「はい、そうです」

「ねみぃから帰りたい」

「もう!焦凍さんが夜勤明けですっ飛んできたんじゃないですか」

「お前に直接確かめたかった」



「さっきは悪かった」

焦凍さんは先輩に頭を下げた。

「いいよ、気にしないで。取り乱してるショートなんてそう滅多に見られなさそうだし」

「それは…忘れてくれ」

「いや忘れないね」

事務所の人に謝罪をして、焦凍さんと一緒にアパートへ帰宅した。



その頃、ショートの所属事務所では…

「それにしたってなぁ、こんなデマをよく信じたなショートのやつ」
「…夜勤明けで東北行くとか…頑張るよな」
「あの2人一応隠してるつもりなんだろうけど、現場で会うと機嫌良いもんな」
「噂じゃファイアリーの猛アタックなんでしょ?好きな人のためにそば打ち習得するとか尋常じゃないわよ。ショートの蕎麦好きは周知の事実だし、同じ雄英出身だしね」
「あ、それもしかして、ちょっとまえの若手ヒーロー特集ですか?」
「そうよ。インタビューでは受験のストレス発散なんて言ってたけど、ストレス発散でプロ顔負けの蕎麦なんか打てるわけないでしょ」
「その特集、事務所でショートと見てました」
「え⁉どんな反応してたの」
「共演者に蕎麦を振る舞ってた時、どんどん眉間にしわが寄ってました。テレビ消そうとしてリモコン取りましたけど、自分がいたんで置き直してました。そのあとコーヒー入れようとして盛大にこぼしてました」
「どんだけ彼女好きなんだよ…」
「そんな様子見ると応援したくなるわよね〜」


次の日の泉

「昨夜はお楽しみだったの?」

お昼に出勤すると、先輩がまたもやニヤニヤしながら言ってきた。

「焦凍さん夜勤明けで飛んできたので、帰宅するなり泥のように眠ってましたよ」
「ちぇっつまんないね」
「それと昨日のことで結婚してることを公表することに決めました。また週刊誌に撮られたらたまりませんし」
「週刊誌はどこからネタ持ってくるか分かんないから気をつけなよ、次は不倫!って書かれるかもよ」
「信じて頂く他ありません。お兄ちゃんに誓って不貞などなどありませんから」
「なんでデクに誓うんだよ」
「私がお兄ちゃんを嫌いになることは地球が滅びようと起きようがない話なので」

にっこり笑うと先輩は呆れた顔をしていた。

「お前、デクとショートどっちが好きなんだよ、ショートは旦那だろ」
「お兄ちゃんと焦凍さんはカテゴリの違う好きですけど、気持ちはどちらも同じです」


後日の報道
『若手ヒーロー・ショートとファイアリー実は結婚5年目!』

「ショート!これって本当?」
「…嘘ではねぇな。カミさんが秘密にしておきたいって言ってたから、俺も言わなかった」
「カ、カミさん!?」
「昔チャージズマに結婚したら奥さんのことは外でカミさんって呼ぶもんだ、って言われたんだが…違ったか?」
「それは個人の自由だと思うけど…」




2020.01.13

元々週刊誌ネタは書いてみたかったので、交際ゼロ日婚だったら…?というネタもついでに。カミさんも主人も全部私の趣味。あ〜楽しかった!
本編には多分関係ないです。


次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ