海と空と

□ずっと待ってるね
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その日のことをもうすでに、万海は何度も見ていた。


「意外とフラれねぇに一万円」

放課後、告白をするという幼馴染のその結果を見ることができないと、万海は知っていた。

「同じく」

「勝ったな。…で?」

振り返った千空は、自らの片割れをじっと見る。

「テメーが来るっつーことはなんかあんだろ」

開けたばかりの缶の中身を一口飲んでから、たずねる。放課後、自分のところに片割れが来ることはない。

「ズルしにきたの」

普段人間相手にはあまり表情を変えない、双子の片割れ、万海が珍しく困ったように笑っていた。
片割れの話はいつも的を得ない。ズルをしにきた、というだけでは何のことかさっぱりだ。大方、また何かを見たのだろう。

「そーかよ。実験の邪魔だけはすんなよ」

そうは言うが、万海が千空の邪魔をしたことはない。

「大丈夫、出来そうにもないから」

万海がそう言った直後、突如として緑の光が遥か彼方に見えた。
ふと隣に並ぶ万海を見ると、より一層困ったように眉を下げていた。


「せんくー。ずっと待ってるね」

やはり意味がわからない。

「必要なときに見つけられるから、焦らなくていいよ」

万海が緑の光の方へ視線を向けた。そして、すぐに理解した。人類は石化した。万海はこの事態を見ていた。だから、待っていると。

「未来を人に喋るのは止めるっつたのは自分だろーが…」

見えた未来は変えてはいけない。それは幼い頃に万海が起こす不思議な現象を検証していたときに、本人が言っていたことだ。
万海のいうズルとは、すなわち千空が目覚めて、自分を起こすことは決まっていると伝えたことだ。


目覚めてすぐに辺りを探してみたが、石化前に隣に並んでいた片割れはどこにもいなかった。


「大樹」

「なんだ千空!」

「万海、見てねぇか?」

「万海?…見てないな。探すか!?」

「あーいい。万海が必要なときに見つけられるっつてたから、探す必要はねぇだろ」

「万海が言うならそうなんだろうな!」


体力バカの幼馴染が目を覚まし、聞いてみるが、万海は見つからなかった。


司から逃げ出すとき、杠は万海がいないことに気がついた。いつでもボーっとしていた、双子の片割れはふらふらとどこかへ行ってしまうことがあったし、杠は今もそうなのかと思っていた。

「そういえば、万海ちゃんは?」

「見つけてねぇ」

「石化直前に万海が、必要なときに見つけられると言っていたらしい」

「万海の言葉が本当ならな」

「ワオ…。でも、万海ちゃんの言葉は外れないもんねぇ…」

「つーか、万海がいたところで大して役に立たねぇし、今はいらねぇ」

「何を言っているんだ!早く会いたいだろう!?」

「…多分、それは本当のことなんじゃないかな…」

杠の知る、万海はせっせと働くタイプの人間でもなければ、兄の言うことを素直に聞くタイプでもない。

「俺も千空も流されていたから、万海も流されているかもしれん!」

「……万海ちゃん、パワースポット的なとこに流されてそうな気がするな。例えば富士山とか…!」

先ほど見えた、富士山を指差す。

「ククク…。んなわけねぇーだろ。俺らがいたとこから何キロ離れてっと思ってん、だ……」

千空の言葉の語尾が小さくなった。

「さすがのファンタジーな万海ちゃんでも、それはないか…千空くん?」

「……いや、杠の言うことは一理あるかもしれねぇ。あいつは存在自体がすでにファンタジーだからな」

「見つかったところで、復活液はもうないんだろう?千空!どうすんだ!?」

「いや、万海用に残してあんだよ。万海の言う、必要なときがいつかわかんねぇからな」

杠はくすりと笑った。

「なんだよ」

「なんでもないよ!」

役に立たない、と言っておきながら、双子の片割れに会いたいと言う気持ちはしっかりあることに気がついた。




「名推理だ、杠先生よぉ…。本当にここにいるとはな…」

大樹、杠と別れて、歩き出してすぐに万海を見つけた。目の前の見るからに立派な木の根元に、万海は横たわっていた。周りにはたくさんの花が咲いて、木の実などが落ちていた。

「ったく…テメーはいつもファンタジーだな」

復活液を万海の頭からかける。

「よぉ、万海」

「おはよう、せんくー」

万海はまるで昨日寝て、今日起きたかのように目を開けた。数千年石化していたことが嘘のようだった。自分を見下ろす、双子の兄を目を細めて見ていた。

「テメー、本当に石化してたのか?」

「してたよ。でも、石化前に見てたから」

「悪りぃな。起こすのがちっとばかし遅くなっちまった」

「大丈夫。待ってた」

「なんでこんなとこにいんだよ。石化前に隣にいただろ。俺らが目覚めたところから80キロ近く離れてんぞ」

「ここ、どこ?」

ん、と千空は万海の背後を指した。万海は横たわったまま、千空が指した方を向いた。

「富士山かぁ…。さっきから変な感じしてたのは、このせいか。…私を守ってくれてたんだ、ありがとう」

頭上の木に話しかけると、葉がさわさわと揺れた。

「動物たちも?うれしいなぁ」

自身の周りに置かれた木の実を見て、笑う。

「木と話してる場合じゃねぇんだ。歩くぞ。立てるか?」

「んー…お兄様の手を借りようかな」

ぎこちなく右手を差し出した。身体は目覚めたばかりで、かなり重たく感じていた。千空は黙ってその手を取り、引っ張り上げた。
立ち上がった万海は、千空から離された手をまじまじと見つめた。

「ねぇ、せんくー」

「あ?」

呼びかけたのに、万海は無言で千空の手をぎゅっと握った。そのまま、じっと何かを見ているかのように万海は動かなかった。起きて早々にファンタジーしてやがんな、と思いながら千空は片割れが動き出すのを待った。

「…あっ!」

小さく叫んだかと思うと、千空に抱きついた。

「…良かった、生きてて…」

啜り泣く万海にため息が出るが、再会できて良かったと思うのは千空も同じだ。そっと頭を撫でてやる。

「これで1人じゃないね」

「…あぁ」


「せんくーの顔、ヒビが入ってる」

顔を上げた万海が千空のヒビを撫でた。

「お前も手にヒビが入ってるじゃねぇか」

千空が万海の手の甲に入っているヒビを触った。

「……ずっと秒数数えてたの?すごいね」

万海の言葉に瞬きをする。まるで数えてたことを今知ったかのような口ぶりだった。

「せんくー。私、過去が見えるようになったみたいだよ」

「またファンタジーかよ…。んで?見えるっつーことは映像か」

「うん、声は聞こえない。さっきせんくーの視点で見てたけど、感情まではわかんない。会えて良かった?」

「そりゃあ、な」

「そうだ、ごめん、せんくー。全部見ちゃった」

「いや、話す手間が省けた」

「合理的だね」

「お前のファンタジーは今に始まったことじゃねぇからな」


双子の片割れ、万海のファンタジーは石化前には2つ。動植物と会話をし、未来を見る。石化から目覚めて、過去を見る力を手にした。
科学では証明できない、ファンタジーな妹だ。


「じゃあ、行こうか。せんくー」

「……万海、服着ねぇのか」

「あるの?」

「もう少し頓着しろ。デカブツのがまだ気にしてたぞ」

「それは杠のことだからでしょ。アダムとイブだって最初は裸だったし」

服を着て、万海の動きが止まった。

「足がいるよね。せんくー、体力ないし」

「何を足にすんだよ」

「鹿」

万海が指差す方向に2匹の鹿がいた。

「ちょっと待ってて」

万海は鹿の方へ行くと、会話をしていた。

「せんくー。ちょっとだけならいいって」

「久々に大分ファンタジーだな…」

「せんくー。急ごう。木が騒がしい」

「は?」





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