海と空と

□神出鬼没
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鹿に触れて、万海がすぐに手を引っ込めた。手を見つめて、少し首をかしげた。

「どうした」

なんでもない、と言って鹿に跨った。

「ありがとう、乗せてくれて」

「本当に乗れんのかよ、威嚇してんぞ」

「私のお兄さんなの。…うん、本当に少しだけでいいよ。ありがとう」

万海が話しかけると、鹿は威嚇をやめて少し屈んだ。

「せんくー、乗せてもらって。早く行こう」

千空はため息をついて、おっかなびっくり鹿に跨った。2頭の鹿はすぐに走り出した。
走り出して間をおかずに前方で大きな音がした。

「耳が痛い」

万海は片手で耳を押さえてから、鹿の首をそっと撫でた。

「…ありがとう、大丈夫。まだ起きたばっかりで慣れてないだけ」

音がしたところより手前で、鹿が止まった。万海が器用に降りる側で、千空は振り落とされ、尻もちをついた。

「ぐぇっ…!」

鹿たちが万海にすり寄る。万海は2頭を優しく撫でた。

「ありがとう。この恩は必ず返すね」

行こう、と立ち上がった千空の手を引っ張る。


金髪の少女を見つけてからは千空が早かった。

「他に仲間がいたのか!?」

万海に気がついて、驚く。千空の袖を万海が引っ張った。

「限界」

万海がその場に倒れた。
千空はすぐに呼吸だけを確認して、木を切り始めた。

「いいのか!?」

「気ぃ失ってるだけだ。そのうち起きんだろ」

耳がいてぇっつてたからな…と呟く。
昔、植物や動物が好きな万海を喜ばせようと、白夜が動物もいる、植物園に連れて行ったときのことを思い出した。
チケットを買って入場してすぐに、万海はうるさい、耳が痛いと泣き喚いて、白夜を慌てさせた。隣にいて驚いたのをよく覚えている。

「どうしたんだ、万海!好きだろ?!」

「嫌!!耳が痛い!!うるさいの!!帰る!」

おろおろする白夜に、千空はため息をついた。

「帰ろーぜ」

「でも、お前だって楽しみにしてただろ」

「万海がこんなに嫌がるなら、行く必要ねぇ」

普段ボーっとしている、双子の片割れの感情の爆発を千空は見たことがなかった。もっとも、その後すぐに万海が気絶してしまい、本当に植物園どころではなくなってしまったが。







万海が目を覚ますと、丁度片割れが金髪の少女を助け出したところだった。

「お腹空いた」

万海は呟いて、起き上がると歩き出した。千空も金髪の少女も気が付かなかった。

「もう1人の少女はどこに行ったんだ!?」

「腹でも減って、食料調達にでも行ってんだろ」

「いなくなったのだぞ?心配しないのか!」

「しねぇ」


暗くなり始める頃、万海はスカートの裾に野草や木の実、きのこをたくさん入れて帰ってきた。

「ただいま」

「ん」

千空の横に食べ物を置いて座る。それから、初めて金髪の少女に目を向けた。


「コハクも食べる?」

「あぁ」

頷きかけて、気がつく。自分がまだ名乗っていないことに。

「何故、私の名を知っている」

睨むようにコハクは万海を見るが、万海は全く気にしていない。

「動物たちが教えてくれたよ」

万海は積んできた木イチゴに息を吹きかけてから、口に入れた。

「動物だと?」

「うん」

「ハッ!馬鹿なことを言うな。動物は話せん!」

コハクの言葉を万海は聞いてなどいなかった。
いつのにか、万海のそばにリスがいた。手には木イチゴを持っている。万海が持ってきた木の実の1つだろうか。

「こいつは普通じゃねぇんだよ」

千空も同じように木イチゴを口にした。いつのまにか、火の側には棒に刺したきのこが焼かれていた。

「くれるの?ありがとう」

万海はリスから木イチゴを受け取ると、すぐに食べた。

「美味しい。取ってきてくれたんだ、嬉しい」

嬉しいそうに微笑みながら、リスを撫でる。リスは気持ち良さそうにして、どこかに行ってしまった。

「まさか、そんなことが…信じられん」

コハクは、目を丸くしていた。万海は側の木の実を一掴み差し出す。

「いらない?」

不思議な人間ではあるが、悪い人間ではない、とコハクは結論付けた。

「頂こう」

受け取ってから、君の名はなんという?とたずねた。

「万海」

「そうか、万海。よろしく」

「うん」

リスとは異なり、表情のない顔で万海が頷く。

「耳は大丈夫か」

「まだ痛いけど、そのうち慣れると思う。みんなおしゃべりなの」

「3700年前はビルがあったからな…」


夜、万海は千空とコハクから少し離れたところで丸まっていた。鹿やたぬき、ウサギがやってきて、万海を包むように眠っていた。

「凄まじいな、万海は」

「あれは人間の皮を被った、人間以外の何かだ」





「…せんくー、何やってるの?」

「うるせぇ…」

水瓶の下敷きになった千空を、万海は相変わらずの無表情で見ていた。
いつの間にか、自分イノシシに跨っている。

「万海、君はいつからイノシシに乗っているんだ?」

「朝からずっとだよ。大丈夫って言ったんだけど、乗せたいって」

ありがとう、とイノシシを撫でる。
滑車を使って千空たちが集落の近くまで行く頃には、また万海の姿はなくなっていた。


「万海がいなくなった!」

「どっかにいんだろ。あいつは動物みてぇなもんだからな」



ふたたび夜。
クロムに3700年前の世界について千空は話して聴かせていた。

万海が倉庫の入り口から顔を覗かせた。

「お腹空かない?」

「そーいや減ったな」

「うさぎ貰ったから、食べよ。クロムも一緒に食べる?」

「おー!食べるぜ!」

千空とクロムは階段を降りながら、話し続け、ずーっと喋っていた。
そのうちに万海は眠くなり、千空の後ろに移動して丸まって寝た。

翌朝、クロムと千空が起き出す頃には万海の姿はなかった。

「なぁ、千空」

「あ?」

「昨日、千空と話すのに夢中になって、気にしなかったんだけどよ、女の子いたよな?一緒に飯食った」

「あー、万海か」

「万海っていうのか!?あいつ、俺の名前を知ってたぞ!?」

「細けぇことは気にせず、動物ぐらいに思っておけ」

「動物!?」




砂鉄取り。
川に行くと、川べりで万海が寝転がっていた。
千空は気にせずに川に飛び込む。

「具合でも悪いのか?」

気になったコハクは万海を覗き込んだ。

「ううん、耳を休めてただけ」

目を瞑ったまま、万海は抑揚のない声で話す。

「そういえば、初めて会った時に皆がおしゃべりだとか言っていたな。動物たちか?」

「植物」

「しょ!?…っくぶつ!?君は植物とも話せるのか!?」

「うん、生きてるものなら誰でも。動物たちは生きることに一生懸命で、あまり話さないの。植物たちの方がよく喋るんだよ」

呆気にとられているコハクを他所に、万海は目を開けて呟いた。

「お腹すいた」

万海は立ち上がると、みんなから離れたところで川の中に入っていった。川の中に手を入れ、少しして手を出すと魚を持っていた。石の上に魚を放ると、再び手を入れる。また手を出すと、魚を手にしていた。
4匹ほど獲ってから、ふと顔を上げると、千空以外がびっくりしていた。

「す、すごいんだよ…!?動いてないのに、魚をとってるんだよ?!」

「みんなも食べる?」

「食べるが……一体どうなってるんだ?」

食べる、の言葉を聞いて万海は再び魚を取り始めた。さっさと1人に2匹づつ取り終えると、万海は川から上がった。

「千空」

クロム、コハクが千空に声をかけた。

「万海はああいうモンだって思っていた方が楽だぞ」

聞かれる前に答える。千空とて、万海があんな風に魚を取るのは初めて見たが、万海のことでいちいち驚くことはない。万海は昔からファンタジーな人間で、不思議なのが当たり前だからだ。

「楽にメシが食えんだ。ありがたーく利用させてもらえばいい」

話している間に、万海は火を起こして、魚を焼き始めた。魚を焼いてる間、万海は働く千空の姿をジーっと見ていた。


「なんだよ」

「たまには私も手伝おうかなって」

珍しいと思いながら、気が変わらないうちにと千空は小ぶりの石を万海に投げ渡した。


「あなたがスイカ?」

川に入った万海はスイカに近づく。

「そうなんだよ?はじめましてなんだよ?」

「はじめまして。私は万海。……ねぇ、スイカでいいの?」

「いいんだよ?」

万海が首を傾げると、スイカも同じように首を傾げた。聞いていた名前とは違うが、本人が気にしていないのでまあいいかと万海は結論づけた。スイカにずいっと顔を近づけた。

「せんくーを助けてくれてありがとう。後でとってもびっくりするようなご褒美があなたを待ってるから、楽しみにしてて」

スイカは首を傾げた。
万海は無表情のまま、よしよしとスイカの頭を撫でた。

「でも、誰にも言っちゃだめだよ。そのご褒美がなくなっちゃうからね」







「というか、1人でも多くというなら、万海は?手伝わせないのか?」

すでに食事を終えて、万海はまたどこかへいなくなっていた。

「手伝わせる前にいなくなってんだよ。つーかいたところで、アホほど、微塵も、役に立たねぇ」

「ひでぇ言いようだな…」

「千空、君は万海をよく理解しているようだが、付き合いは長いのか?」

「そりゃ、生まれた時からだからな」

「ほう、幼なじみか」

「言ってなかったか。俺と万海は双子だぞ」

「……双子???」

「いねぇか?母親から2人で出てきたやつ」

「いや、双子は分かるぞ」

「千空と万海が双子って似てなさすぎねぇか!?」

万海は黒い髪を枝を使ってお団子にまとめている。目はいつも眠そうに垂れていて、似ているところなど一つもない。
千空はそれ以上何も言わなかったが、クロムもスイカもコハクも信じられないようだった。





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