海と空と
□いつかの年末
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大晦日。
「じゃあ、行ってくるね」
万海は千空の部屋を覗いて声をかけた。
「おー」
「せんくー」
「あ"?」
「あとで電話するからちゃんと出てね」
返事のない片割れにもう一度声をかけた。
「必ず、絶対、電話に出て」
「早く行かねぇと遅刻するぞ」
「…必ずだからね」
「分かったから、早く行け!」
20時2分前。
机に向かって作業していた千空のスマホが震えた。
予告通り、片割れからの電話だ。ビデオ通話だったことに顔を顰めるが、出ないと後で仕返しをされるに違いないので、通話ボタンを押した。
見やすい位置に立てかけると、片割れの顔が写っていた。
「せんくー」
「何の用だ」
作業を続けながら、問いかける。
「間に合った?」
「あ?」
またお得意の的を得ない話だ。うん、間に合った、と1人で納得する。
「今すぐ玄関行って」
また何か見たのだろう。千空はかったるそうに腰をあげた。
部屋を出て廊下に踏み出した、その瞬間玄関の鍵がかちゃりと鳴った。
「ククク…そーいうことかよ」
次に何が起きるか千空は理解した。
「せんくー、画面を玄関に向けて」
万海の言う通りに画面を向けると同時に、扉が開いた。
「ただいまー!千空ー!万海ー!」
サプライズするつもりだったのだろう、白夜が楽しそうに玄関を開けた。
「おかえり、お父さん」
「よぅ、白夜」
2人が待ち構えていたことに白夜は大きくため息をつき、わかりやすく落胆した。
「んだよぅ!せっかく驚かせようって張り切ってたのに、なんで見ちまうんだよ〜万海〜〜ていうか、なんでいねぇんだよ〜〜!どうせ千空はさっき知ったんだろ〜〜もっと驚けよ〜!」
「あーうるせー」
片手で耳をかきながら、面倒くさそうに千空は言う。
「せんくー!」
突然万海が大声を出した。
「部屋戻って!早く!お父さんは水!!」
珍しく慌てた声の万海に責め立てられ、大急ぎで部屋に戻る。
「右の棚、上から3段目!左奥!早く10,9,8……」
万海の指示通りの場所を探す。
「うぉ!?っち…!!」
千空が手を伸ばすと、触る前に熱気が伝わってきた。
「5」
「千空!水だ!」
手近な布で熱を発する物体を掴んで、水の入ったバケツに突っ込んだ。
「良かった、間に合った」
じゅううう…と水が蒸発する音に父子がため息を出すと、電話の向こうで万海が澄ました声で言った。
「よくねぇわ!!早く言え、そう言うことは!」
千空が怒ったように言うが、万海は気にしていない。
「仕方ないよ、お父さんの顔見たら、見えたんだから」
先ほどの慌てた素振りなどなかったかのように、万海は落ち着き払っていた。
「つーか…未来は変えないんじゃなかったのかよ。おもっくそ変えてんじゃねぇか」
「……いいの、それくらい。帰ったら家が無いなんて嫌だもん」
「それくらいのレベルじゃねぇわ」
「家がなくなるとこだったのか!?いやー俺が帰ってきて良かったなー…!」
大袈裟に言って笑う父に、万海は少し笑った。2人は万海が笑ったことに気がついていない。
「…朝帰るね」
「なに!?朝帰り!?相手はどこのどいつだ!!」
「天体観測だよ、お父さん」
「天体観測か!帰ったらラーメン食いに行こうな、万海」
「食べたいけど、徹夜明けにラーメンは無理」
「千空…娘がつれない…」
「うるせぇからだろ」
「いいもん、ラーメンは千空と行くもん」
「一眠りしたら行くから待ってて」
「みんなで行くか〜!久しぶりの親子水入らず…嬉しいなぁ〜!」
「へーへー」
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