ラブ&ヒーロー

□0.妹の原点
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入試の日、お兄ちゃんはとても疲れて帰ってきて、あまり話す暇もなく寝てしまった。結果を待つ間、時間はたくさんあったのに、なぜか機会を逃してしまったように、私はお兄ちゃんに何も聞けなかった。
トレーニングは続けていたものの、お兄ちゃんは家にいる時間が増えた。今まで忙しくて構ってもらえなかった分、ぴったり寄り添っていることが多くなった。いつもよく喋る私があまり喋らないので、お母さんが時々心配そうに私たちを見ていたけど、知らんぷりした。お兄ちゃんはしょっちゅうボーっとしていたけど、優しく頭を撫でてくれた。


雄英の合格発表が届いたとき、お兄ちゃんは手紙を持って、部屋に行ってしまった。私は怖くて仕方なくて、自分の部屋のベッドに潜り込んで縮こまっていた。

しばらしくて、扉を叩く音が聞こえた。答えたくない。聞きたくない。だって、答えは決まってる。

「泉。話をしたいんだけど、いい?」

お兄ちゃんの声は泣いた後のようで、掠れていた。どんな顔をしてお兄ちゃんに会えば良いのか、分かんないよ。

「開けるよ」

返事を待たずに、扉が開いた。お兄ちゃんの表情を想像して、布団から出られなかった。ぱちり、と音がして、お兄ちゃんが部屋の電気をつけたのだと分かった。

「雄英…合格したんだ」

そうでしょ、受かるはずが…。

「え!?」

びっくりして飛び起きると、充血して目が赤くなったお兄ちゃんは、力が抜けた顔で笑っていた。

「なんで…個性…は…」

「こここの前言い忘れちゃったんだけど、個性出たんだ!!!医学的な突然変異とか奇跡的なアレで…!」

慌てた様子で腕をぶんぶん振りながら、お兄ちゃんは説明をする。

「…奇跡…」

そう呟くと、お兄ちゃんは頰をかきながら、本当に奇跡みたいな話だよね、と眉を寄せて笑った。ベッドの端っこに座ると、お兄ちゃんは入試のとき、何があったのかを話してくれた。ポイントを取れないでいると、終了間際に0ポイントの大きなロボットが現れたこと。そのロボットの近くで女の子が動けなくなっていたこと。女の子を助けようとしたら、突然個性が発現したこと。結局間に合わずにポイントを取れなかったこと。その人がポイントを分けてくれようとしたこと。そして、入試で見ていたのはロボットを倒したポイントだけではなかったこと。

正しいことをしたお兄ちゃんを、雄英はきちんと見ていてくれたんだ…!


「ある人が雄英に合格するための特訓をしてくれたんだ。実はトレーニングメニューとか食事のメニューとかも僕じゃなくて、その人が用意してくれた。…僕はその人に、君はヒーローになれるって言ってもらった」


オールマイトだよね。知ってるよ。見てたもん。お兄ちゃんが死に物狂いで頑張ってるとこ。でも、お兄ちゃんが可哀想だって、嘆いてた。なれるわけないって諦めてた。
お兄ちゃんは拳をきつく握りしめ、その手を見つめた。それから、顔を上げた。


「…泉」


お兄ちゃんの大きな瞳に、泣きそうな私が映った。


「もう一度。ヒーロー…一緒に目指そう?」


お兄ちゃんのこんなに輝いた瞳を見るのは、久しぶりだった。
涙が頬を伝っていくのが、分かった。温かくてくすぐったい涙は、どんどん流れ落ちていった。

「本当はもっとずっと前に言いたかったんだ。…遅くなっちゃってごめんね」

お兄ちゃんが泣きそうな顔で笑った。なんでお兄ちゃんが泣きそうなの?私が勝手に諦めてしまったのに。私が悪いのに。なんて言えば良いのか言葉が出てこなくて、首を左右に振るだけの私の手を、お兄ちゃんが握った。

「僕たち兄妹が力を合わせたら、ちょーすごいヒーローだよ」

幼い時に一緒に語った夢を、また語ってくれた。2人でよくオールマイトの動画を見て、笑い合った。一緒にヒーローになろうね。私たちはそう約束した。
あの動画を見るとき、お兄ちゃんはいつも目をきらきらに輝かせていた。そんな強くてかっこいい最高のヒーローに憧れる姿を見て、簡単にお兄ちゃんを笑顔にしちゃうヒーローに私は憧れた。


「泉の夢はなに?」


ずっと幼い頃の朧げな記憶が、頭の中に蘇る。私は2歳、お兄ちゃんは3歳。お兄ちゃんの後をついて回って、ヒーローごっこを毎日していた。2歳なんて赤ちゃんで、足手まといだろうに、お兄ちゃんは歩く早さを合わせてくれたし、お母さんが捕まってる部屋を見つけても私に開けさせてくれた。
転んだときも、すぐに駆け寄ってきて大丈夫?って立ち上がらせてくれた。おでこを打ち付けて痛いと私が泣けば、大丈夫だよ、痛いのとんでいけー!と笑顔で慰めてくれた。

捕われたお母さんを助けたときには、2人で喜んだ。

「私がきた!」
「たー!」

オールマイトの真似をするお兄ちゃんを真似して、ヒーローになりきった。

「助けてくれてありがとう!ヒーロー」

お母さんが私たちを抱きしめるたびに、お兄ちゃんはすごく嬉しそうだった。
お兄ちゃんが笑顔でいるのが、私の喜びだった。

「出久はかっこいいヒーローだねぇ」

「泉もヒーローだよ!」

いつだってお兄ちゃんは、私を邪険にしなかった。

「僕たち兄妹が力を合わせて、ちょーすごいヒーローになるんだよ!ね、泉!」

「うん!」

お兄ちゃんがそう言ってくれたから。お兄ちゃんと一緒にヒーローになるのが、私の夢になった。2人の個性を合わせて…すごいヒーローに…。

もう一度、堂々と言いたかった。お兄ちゃんに言えることを夢見ていた。


「教えて、泉」


「お兄ちゃんとっ…、一緒にヒーローになること……!」



私はお兄ちゃんに抱きついた。久しぶりに抱きしめたお兄ちゃんの身体は、しっかりとした筋肉がついていた。まだ細いけど、固くてしっかりとした身体付き。毎日見ていたからこそ気が付かなかった。お兄ちゃんはこんなにも逞しい。立派なヒーローの卵なんだ。

「泉の個性は君のものだよ。泉はヒーローになっていいんだよ」

「勝手に諦めて…ッ、ごめんなさい」

「僕の方こそ、ずっと我慢させてごめんね」

お兄ちゃんは優しく頭を撫でてくれた。

「やっと泉に言えた」

「…ありがとう、お兄ちゃん。合格おめでとう…!」

オールマイトに「ヒーローになれる」と言ってもらったから、お兄ちゃんはこんなにきらきらした笑顔をしているのか。人を笑顔にするヒーローに、私もなりたい。

「泉も頑張るね!お兄ちゃんと肩を並べられるくらい…!…強くて…かっこいいヒーローになりたい!」

3歳のときに個性がいらないと泣きじゃくって、夢を諦めたときとは、全く違う。お兄ちゃんとまた同じ夢を見れるのが本当に嬉しい。気が付けば、お兄ちゃんも一緒に涙を流していた。


「私は、もう絶対に諦めない」



部屋の扉を開けると、お母さんがおろおろした様子で立っていた。涙でぐしょぐしょ、たぶん目が真っ赤になってる私を見て、一瞬びっくりして目を見開いたけど、すぐ涙を浮かべた。

「ごめんなさい!お母さんに酷いこと言った」

「私もごめんなさ…!個性があろうとなかろうと、泉は泉。お母さんの可愛い子に変わりない!何になってもいいんだよ」

2人で泣きながら抱きしめ合っていると、お兄ちゃんが背中をさすってくれた。

「お母さん。私も雄英に行く。お兄ちゃんと一緒にヒーローになる」

「…お母さんね、出久と泉が兄妹ヒーローやってるとこ、ずっと見てみたかったの」

お母さんは涙を拭って、まだ泣きそうな顔で笑った。

「がんばれ」



負けていられない。
私もヒーローになるんだ。

お兄ちゃんと一緒に、最高のヒーローに…!!

すぐに雄英に入るため、そしてお兄ちゃんの背中を追いかけるためのトレーニングや勉強を始めることになった。個性をコントロールするためにしていたジョギングを増やして、肺活量を増やすためのトレーニングや筋トレも始めた。

こうして、私がヒーローを目指す物語は幕を開けたのだった。



『0.緑谷泉:オリジン』





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