ラブ&ヒーロー

□過去に飛ばされた話
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複数の敵の個性がたまたまぶつかり合った事故だった。交戦中だった泉は忽然と姿を消してしまった。

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「ここは……焦凍さんの実家だ…」
私は焦凍さんの実家の前に立っていた。首を捻って自分が先ほどまでいた場所を思い返した。

「敵と交戦中だったよね、しかも焦凍さんの実家とは全く離れた場所にいたし…。個性事故に巻き込まれた?まあいっか、知らない家じゃないし入ってみよう」

自分が立っている場所には何か意味があるのかもしれないと思い、玄関前に行き大きな声で呼びかけた。

「ごめんくださーい!」

辺りはしんと静まり返っていた。玄関の扉に手をかけると、すんなり開いてしまった。

「開いた…」

もう一度家の中に向かって呼びかけてみる。

「ごめんくださーい!!誰かいませんかー?」

「お姉ちゃん誰?」

家の奥から出てきたのは幼い焦凍さんだった。少し怯えた顔にはよく知る痣がない。

「…焦凍、くん…?」

さん付けで呼ぶのは気が引けて、くん付けで呼んでみる。

「うん、そうだけど…誰…?」

私がいるのは過去?夢?この子は過去の焦凍さん?なんと答えるのが正解なの?
迷いながらも、にっこりと笑った。不安にさせちゃいけない。私はヒーローなんだから。しゃがんで目線を合わせる。

「私はヒーローのファイアリー。あなたに会いに来たんだよ」

「ヒーロー…!」

目をキラキラさせて言う姿に嬉しくなった。焦凍さんにもこんな頃があったんだ…!

「どんな個性なの?」

聞かれてまた答えに迷う。エンデヴァーの個性と同じ炎系の個性だから、焦凍さんは嫌がらないかな。
ちょっと悩んでから静かに答えた。

「…炎を噴くんだよ、見ててね」

しゃがんだままの姿勢で口から小さい炎を噴いた。

「炎…!僕も炎の個性なんだよ、ほら」

焦凍さんは左手のひらに小さな炎を出した。

「氷の個性もあるんだ。そのせいでお父さんに訓練をさせられているんだ」
「訓練?」
「僕をNo. 1ヒーローにさせるんだって。そのために僕を作ったって」

背筋が凍った。聞いていたから分かってはいたけど、幼い子供の口から聞くのとでは話の重みが違った。

「痛いし、苦しいし、辛い。やめたい。お母さんいつも泣いてる…」

ぼろぼろと涙を流し、泣き出してしまった焦凍さんを抱きしめた。

「ごめんね、私は何も出来なくて。私がこんなこと言うの烏滸がましいけど、私はあなたに何にもしてあげられないことが悔しい」

「ファイアリーはどうしてヒーローになろうと思ったの?」

抱きしめられていた焦凍さんはそんな質問を投げかけてきた。私は焦凍さんから離れて、肩に手を置いた。

「…困っている人や泣いている人を笑顔にしたくてヒーローになったんだよ」

「じゃあ…僕のことも笑顔に出来る?」

泣いて赤くなった目で焦凍さんは私を見つめた。

「…ッ!」

涙が溢れそうになり、言葉が詰まってしまった。それでも一生懸命笑顔を作って言った。

「もちろん!」

突然、焦凍さんの肩に乗せていた自分の手が光り出した。自分が消えてしまうと瞬間的に分かった。

「未来で待っていて下さい!必ず…」

言い終える前に私は暗闇に放り込まれた。すぐに身体が強い力で引っ張られ、ドスンと身体に衝撃を感じた。何処かへ落ちたらしい。

目を開けると敵による個性事故があった場所だった。

「ファイアリー!?」

警察の人が驚いて駆け寄ってきた。

「今何処から来たんですか!?一体何処にいたんですか?!探しても見つからなかったんですよ!」
「探しても見つからなかったってどういうことですか?」
「3日前、ここであなたが敵と交戦していたのは覚えていますか?」
「覚えてます」
「丁度ショートが到着したとき、敵同士の個性が暴走してあなたが忽然と姿を消したんです」
「ちょっと待って下さい、え、3日前?さっきじゃなくて?」
「はい、3日前ですよ?ショートがすぐに敵を捕縛してくれたのは良かったのですが、しばらくして外傷がないのにショートが意識不明になってまだ目を覚まさないんです」
「どこの病院ですか!」
「え?」
「ショートが意識不明で入院している病院はどこですか!早く教えて下さい!」
「××病院です。ここからすぐの…」
「ありがとうございます」

私はすぐに走り出した。

「あ、ちょっとファイアリー…!」

警察の人の声が聞こえるけれど、ごめんなさい。私は今すぐ焦凍さんの元へ行かなくちゃいけないの。

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「焦凍さん…!」

ベッドで眠る焦凍さんの元へと駆け寄った。

「目を覚ましてください、私は帰ってきましたよ」

泣きながら言って焦凍さんの手を握った。

「過去の焦凍さんに、会ってきたんですよ。私待っててくださいって…」

ぴくり、と指が動いた気がして顔を覗き込んだ。

「焦凍さん…?」
「……泉か…?」

声を聞き取ったのか、薄眼を開けながら焦凍さんは声を出した。

「はいっ…!泉です…!」
「どこ行ってたんだ、探したんだぞ」

目を開けた焦凍さんと視線が交わった。

「信じられないかもしれませんが、過去の焦凍さんに会ってきたんですよ。まだ痣ができる前の焦凍さんに会いました」

「…奇遇だな、俺も夢の中でお前に会った。俺は小さくて、泉は今の姿だった。俺は泉が泉だって知らなかった。泉は自分をヒーローで俺に会いにきたと言った。最後にお前が未来で待っていてくれ、必ず、と言いかけていなくなった。必ずの後なんて言おうとしていたんだ?」

あまりにも内容が一致していたため、驚いた。しかし、真偽を確かめるより先に言いたかった。

「必ず…必ず、幸せにしてみせます…って言おうと…」

涙が止まらずしゃくりあげている私に、焦凍さんは口角を上げて目を細めた。

「お前はすごいな…有言実行じゃねぇか」

焦凍さんは普段あまり私に対して愛情表現を口に出さない。好きだと言うこともなければ、幸せだということもない。それでも焦凍さんからの愛情は、きちんと理解していた。口に出さなくとも私をとても大切にしてくれていたし、何より一緒にいることこそがその証拠だと思っている。
ただ、時折本人の口から聞きたいと思うこともあった。「好きです」と言えば「俺もだ」と返してくれるけど、私が望んでいたのは私と同じ言葉だった。

「俺は泉のおかげで幸せだ」

それは私の求めていた言葉だった。心から幸せだという顔をして焦凍さんは私を見つめた。

「ありがとな、愛してる」

久しぶりに聞いたその言葉に思わず抱きついた。

「……っ!結婚してください!」
「何言ってんだ、もうしてんだろ」

私のプロポーズに呆れたように焦凍さんは笑った。

「だってぇ〜……」

しゃくりあげているせいか情けない声しか出ない。

「何度だって、焦凍さんとっ、ひっく…」
「分かったから…落ち着け。そうだ、お前が無事で良かった」

寝ていたせいで思うように動かない身体を無理やり起こして私を抱きしめてくれた。私は泣きすぎてもう訳が分からない状態だった。

「遅いですよ!まあ無事ですけど!」
「悪りぃな」

私は勢いよく焦凍さんから離れると責めるように捲し立てた。

「大体私は心臓止まるかと思ったんですよ、外傷ないのに意識不明で寝てるって言うから!目を…覚まさないかと…っ思ったんですから…!」
「俺のせいじゃない」
「じゃあ誰に文句言えばいいんですか!」
「…敵だろ」
「敵の個性浴びちゃったのは焦凍さんじゃないですか!」
「そもそも個性に巻き込まれるようなヘマしたのは泉だろ」
珍しく言い合いになる。


「ゴホンッ!」

背後で大きな咳払いがして、振り向くとお兄ちゃんが怒りを押し殺した笑顔で立っていた。

「お兄ちゃん!?」
「緑谷?」
「えーとそろそろ良い?夫婦仲が良いのは良いことだと思うんだけどね?」

あ、やばい。完全にお兄ちゃんは怒ってる…。

「泉?君ね、帰ってきたんだったら、診察は受けきゃダメだろ。あと轟くんが起きたなら先生を呼ぶ!」
「はい、ごめんなさい…」

焦凍さんのことが心配でそこまで頭が回っていなかったことに気がついた。

「まあとにかく。2人が無事みたいで良かったよ」

ため息をつきながらもいつもの優しいお兄ちゃんの顔になり、私はほっとした。

「…あれ、そういえばお兄ちゃん。なんでここにいるの?」

お兄ちゃんは敵犯罪撲滅のために単身で各地を転々としていた。ついこの間北海道にいると連絡が来たばかりだった。

「なんでって君が行方不明になったって聞いたからだろ!おまけに轟くんまで意識不明になったって言うし…。ほら、とにかく君は異常がないか医者に見てもらうからね」

「君じゃないってば!君って呼ばないでよ!」

お兄ちゃんに君と呼ばれるのがなによりも嫌いなの、知っているくせに!

「僕を心配させたんだから、君で十分だ。先生呼んでくるから君達は大人しく待ってて」

足早にお兄ちゃんは病室を出て行った。


その後の調査で、敵の個性は夢を見させる個性と対象を移動させる個性だと分かった。たまたま変に混ざり合って焦凍さんの夢の中に私が入り込んだらしい。何故そうなったのかは推測でしかないらしく、無事に戻ってこれたのが奇跡だと言われた。


2019.12.28

実はヒーローネームは「ファイアリー」か「フレイミー」のどちらにするかずっと決めかねています。最初に思いついたのがファイアリーなので、とりあえずこちらを採用しています。
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