ラブ&ヒーロー

□待ち受け画面の話
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ある日轟焦凍は、友人の妹であり、自身の彼女でもある緑谷泉のスマートフォンを拾った。
前を歩いていた泉に声をかけようと歩みを早めたとき、泉がしゃがんだ。その拍子に制服のポケットから滑り落ち、気がつかないまま泉は歩いていってしまった。
すぐに気がついた轟は、スマホを拾い泉を追いかけようとした。しかし、拾い上げたときに画面が明るくなり、待ち受け写真を見てしまった。轟は驚きのあまり全身が硬直した。

「…これは…」

オールマイトのスーツデザインの服を着た、愛らしく丸まって眠る幼子の写真だった。緑色の髪や寝顔が泉によく似ている。
彼女には何か自分には言えない秘密があるのか…?それとも、自分は気がつかないうちに彼女に失態を冒していたのか?

ぐるぐる嫌な考えが巡るのを止められないまま、教室へ向かった。
机の上に泉のスマホを置き、じっと見つめる。何事もなかったかのようにそっと返すか?一体どうすれば良いのだろう、と心中は穏やかでは無かった。いっそのこと、これは何だと問い詰めてみるか?
考えながら幼子の姿をもう一度見ようと、電源ボタンを押した。

「かわいいー!」

通りかかったクラスメイトの葉隠が言った。驚いて顔を上げると、葉隠は慌てたように弁解する。

「あ!ごめん轟くん。見るつもりはなかったんだけど、見えちゃって…」

すぐに消えた画面に安堵して、口止めをすべく口を開こうとした。

「何何ー?どしたの?」

しかし、葉隠の声につられて、芦戸が様子を伺いに来てしまった。

「轟くんのスマホの待受が可愛いの!」
「みたーい!見せてっ!もしかして泉の写真?」
「俺のスマホじゃなくて泉のなんだ。だからあまり見るのは良くねぇと思う」
「え、泉のなの…?」
「え?泉って妹の?」

通りがかりの緑谷が立ち止まった。

「緑谷。丁度良かった。さっき泉のスマホを拾ったんだが、これを見てくれ」

緑谷なら何か知っているかもしれない。悪いと思いながら泉のスマホの電源ボタンを押して、画面を緑谷に向けた。画面には先程の愛らしい子どもの写真が。つられて芦戸と葉隠も覗き込んだ。

「うわっ!?」

緑谷は驚いて、素早く轟からスマホを奪い取ると背中に隠した。

「泉には僕が届けてくるよ!拾ってくれてありがとう轟くん」

かなり慌てている様子に轟は眉間にシワを寄せた。

「何か知ってんのか」
「知らない!」

食い気味に早口で否定をする様子は怪しさ満点だ。

「嘘だ。何か知ってんだろ。泉は俺に何か言えないような秘密があるのか?」
「そっ…れは…ないと思うよ…?」
「じゃあ、なんで隠すんだ」

緑谷がどうしようかと悩んでいると、教室の扉が勢いよく開いた。クラスの半数が扉の方を見た。勢いよく教室に飛び込んできたのは、渦中の泉であった。

「お兄ちゃん!!」

泉は兄を見つけると叫ぶように言った。かなり焦っている様子で、血の気の引いた青白い顔をしていた。

「スマホ落としちゃった!どうしよう…!誰かに見られたら大変だよ…!」

スマホはすでに緑谷の手にある。持ち主にすぐ返せることに安堵して、緑谷は手にしていたスマホを掲げた。

「スマホはここだよ」
「なんだ〜良かった…!お兄ちゃんが拾ってくれてたんだ〜!」

泉は心から安心した顔をして、兄のもとへ駆け寄った。緑谷の後ろで眉間にシワを寄せている人物には気がつかない。

「良くねぇ。拾ったのは俺だ」

安心して気が緩んだ緑谷の手から素早くスマホを奪うと、待ち受け画面を開いた。

「これは誰なんだ?誰かに見られると、なんで大変なんだ?」

轟の怒りをにじませた物言いに周囲の空気が凍りついた。芦戸と葉隠も動けないようで、泉の反応を伺っていた。

「えーっと…それはですね…」

泉は困ったように眉を下げ、目をキョロキョロさせた。なんとか場を収めようと必死で考えている様子だった。

「まさかお前の…子ども…?」

轟の突拍子もない問いかけに、泉は強く否定をした。

「まさか!断じてそれはありません!」

「じゃあ、なんだ。なんで言わない?」

再び怒ったような物言いに泉は口をぎゅっと結んだ。

「と、轟くん。言いたくないみたいだから…」

緑谷はなんとかしようと口を挟んだ。

「緑谷もなんで何も言わねぇんだ」
怒りの矛先は緑谷へ。

「ごめん、お兄ちゃん!それ、お兄ちゃんなんです…!」

観念したように言った泉に緑谷は驚く。

「バッ!?」
「お兄ちゃん今バカって言おうとしたでしょ」
「だってバカだろ!なんで言っちゃうんだよ⁉」
「だって…これ以上黙っててもスマホ返してもらえないもん…」
「だからって…!」
「じゃあ、私の隠し子ですって言ったら良かったって言うの!?」
「他にもあるだろ、いとことか」
「あ、そっか」
「そっかじゃなくて!大体君がなんでこの写真を待ち受けにしてるんだ…!」
「君じゃないってば!泉でしょ!」
「分かった、泉。質問に答えて。何でこれが待ち受けなの?」
「だって…お兄ちゃん可愛いんだもん」
「だってじゃないし、どこが可愛いんだよ…。僕が聞いてるのはなんで泉がこの写真を持ってるのかってことなんだけど?」
「お兄ちゃん寮行って寂しいって言ったら、お母さんが出してくれたの!」
「お母さん…。泉、今すぐ変えて」
「いやだ!」
「いい加減僕だって怒るぞ」
「こんな可愛い写真を待ち受けにしないなんてどうかしてるでしょ!」


「ちょ、ちょっと2人ともストーップ!喧嘩しない!」

芦戸が兄妹喧嘩の仲裁に入る。

「轟くん!戻ってきて!放心しないで!」

葉隠に声をかけられて放心していた轟が声を出した。

「…良かった…」

空気が抜けるように安心して漏れた声だった。

「轟さん…?」
「言えない秘密があるのかと思った。隠し子とか」
「ないって言ってるじゃないですか!隠し子とかあり得ませんから…!」


-------------

それから何年か後…2人は結婚し子どもを授かった。

「そう言えば昔、お兄ちゃんの子どもの頃の写真を待ち受けにしてて、それを見ちゃった焦凍さんが慌ててたことがありましたね」
「…なんで覚えてんだ」
「付き合いたての頃ですし、印象的でしたから」

くすくす可笑しそうに笑う妻に、轟は眉間にシワを寄せた。

「でも不思議ですねぇ」

そばで眠る我が子を撫でながら、泉は優しく言った。

「まさか自分の子がお兄ちゃんにそっくりだなんて、思いもしませんでしたよ」

緑色の天然パーマ、ぷっくりしたほっぺに散るそばかす。愛息子の容姿は泉の大好きな兄・出久にそっくりなのだ。

「…」
「見てください、この愛らしい寝顔を!!写真でしか見たことないお兄ちゃんの幼い頃の寝顔が、ここに再現されているんですよっ…!」
「写真撮らねぇのか?」
「目に、脳に、記憶に!しっかりと刻み込んでおきます。1秒たりともこの寝顔を見逃したくないのです。いやっ…後世にほおくんの可愛い顔を残しておけないのは…ちょっと…いやかなり困るなあ…」

泉はスマホを取り出すと、カメラで写真を撮り始めた。

「…お前は本当に緑谷が好きだな」

呆れたように言う夫に泉は、振り返って怒ったように言った。

「お兄ちゃんへの愛と焦凍さんへの愛はベクトルが違うんですが、ちゃんと分かってますか?それにほおくんが可愛くて仕方ないのは、お兄ちゃんに似てるからっていうのもちょっとありますけど…。大好きな焦凍さんとの子どもだからですよ?」
「俺の遺伝子ないのに?」
「何言ってるんですか!素敵なものをほおくんにあげたじゃないですか!ほおくんの綺麗なブルーの瞳を見る度に、私は大好きな人と結婚して子どもまで授かったんだな〜幸せだな〜って思うんですから」
「…俺は好きになれない」
「でも私は好きです。なので、焦凍さんの分も好きになります。ほおくんにも沢山言います。パパの瞳の色はほおくんと同じブルーでとっても素敵なのよ、って」

轟は照れ隠しなのか何も言わずに泉にキスをした。結婚しても未だにそういうことになれない泉は顔を赤くした。

「次の子はどっちに似るんだろうな…」

夫のその言葉に泉はさらに顔を赤く染めた。

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もしも登場人物たちがキャラを演じていたら
NGシーン
「いい加減僕だって怒るぞ!」
「怒ってるお兄ちゃんも好き…」

うっとりする泉に出久は思わず顔を覆った。

『カーット!』

「僕もうやだ…」
「私に手を焼いて嘆いてるお兄ちゃんも好き…」
「変なとこばかり好きだね…泉は僕の嫌いなところないの?」
「ないよ?どんなお兄ちゃんも大好きだもん」
「はぁ…」
「お兄ちゃんはやだ?」
「何が?」
「泉がお兄ちゃん大好きなこと」
「やじゃない、嬉しいけど!まじめにやって…今のシーンは喧嘩になるとこなんだから」
「頑張るっ…!」



2020.11.24

長男の愛称は「ほおくん」
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