ラブ&ヒーロー

□夫婦の日常
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「ただいま」

夕方、いつもより早く帰宅した轟は家の中に声をかけた。
玄関にはいつも妻が履く赤いスニーカーがきっちり揃えて置いてある。いつもなら「おかえりなさい!」と笑顔で出迎えてくれる妻が出てこないことに首を捻った。
よく見ると、玄関が少し濡れていた。わざわざ水で洗ったのか。
顔を上げて靴箱の上を見ると、今朝たまっていた埃はどこにもなく、ピカピカに拭き取られていた。家の中に上がると、どこもかしこも綺麗になっていた。
仕事が休みの妻が一日中掃除をしていたのだろう。時折音の外れる鼻歌で楽しそうに掃除をする姿を思い浮かべ、愛おしく思った。

「泉?」

リビングに繋がる扉を開くと、カーテンが揺れた。心地よい風が部屋の中に入ってきた。泉は部屋の真ん中で、干していたであろう布団に抱きつくようにして眠っていた。自分の布団だ。干してくれたのか。

「ふふっ…焦凍さんったら…」

嬉しそうに笑いながら寝言を言った。近づいていって泉の横にしゃがみ込んだ。気持ちよさそうに寝息を立てている妻の前髪に触れた。たまらなく愛おしくなって、泉の額にキスをした。

「…しょーとさん…」

夢を見ているのだろうか。目を瞑ったままの妻が自分の名前を呼んだことが嬉しかった。

「なんだ」

呼びかけに答えると泉がぱちっと目を開けた。

「え」

眼前に眩しいくらい綺麗な夫の顔があったので、泉はびっくりして勢いよく起き上がると後ずさったが、転んでしまった。

「何してんだ」

尻もちをついた泉を可笑しそうに笑うと、立ち上がって手を差し出した。

「あ、いえ…あの…綺麗な顔があったもので…」

真っ赤になった顔に手を覆った。

「恥ずかしい…汚ったない寝顔を見られるなんて…」

「可愛かった」

夫の発言に泉が固まった。言葉がないので近づいていって妻の顔を見えなくしている手を掴んだ。泉の肩が跳ねた。

「泉」

「…はい」

「顔見せろ」

「…やです」

拒否をしたところで、夫の強い力で手を退けられてしまうことなど泉は分かっていた。手が力強く引っ張られた。
顔を覆っていた手がなくなり、目の前が眩しくなった。ぎゅっと目を瞑った。

「泉」

優しく名前を呼ばれたので、心臓がきゅんとした。好きな人に名前を呼ばれることのなんと心地よいことか。そっと目を開けると、自分の手を握る轟が愛おしそうに自分を見つめていた。

「好きです」

泉はほとんど意識せずに口に出していた。

「知ってる」

轟は優しく笑うと泉の頬に触れた。キスをされるのだと思うと、逃げ出したくなってしまった。心臓がどうにかなってしまう。結婚しているのに今更何を言っているのだろう、と冷静に思っている自分もいた。どうせ逃げられないのだ。再び目を瞑ってキスを待とうとした、

その時だった。

ブーブーブー!!!

食卓の上に置かれた泉の携帯と、轟のポケットの中の携帯がけたたましく鳴った。
泉は目を開けると、素早く立ち上がって携帯を開いた。轟も携帯を開く。

緊急応援要請
ヴィラン発生



短い文章を読むと、泉の目つきが変わった。すぐに部屋に駆け込んだ。
ヒーローの常だ。休みと言えど、出動要請が来ることもある。残念だとため息を吐いて轟もコスチュームに着替え始めた。泉の部屋の扉が勢いよく開いた音がして、轟は振り返った。

「焦凍さん!」

コスチュームに身を包んだ妻が部屋から飛び出してきた。

「あぁ、今…」

行く、と言い終える前に背伸びをした泉が轟の口を塞いだ。轟が目を見開いていると唇を離した泉がにこっと笑った。轟は何も言えずにただ妻を見つめていた。

「続きは後でしますので!」

そう言ってすぐにヒーローらしい真剣な目付きになった妻はゴーグルを装着した。玄関ではなく、リビングの戸を開けると炎を噴いて飛び出していってしまった。固まっていた轟も我に返って、飛んで行った妻を追った。

「…クソ…!」

あんな表情出来るなら最初からしてろよ…。妻のヒーローとしての顔にときめいてしまったのだ。普段は可愛らしく笑う彼女だけにギャップがすごい。

結婚してから何年も経つのに、泉は未だにキスに慣れなくていつも恥ずかしそうにする。今のキスはなんだ。出来るならいつもしろよ。








「それで?」

ヴィラン捕縛後、無事に家に帰り着いた2人はご飯を食べて交代で風呂に入った。
冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出した轟はリビングのソファで寛いでいた妻に尋ねた。

「それで、とは…?」

泉はぎこちなく振り返り、冷静を装ったように尋ね返した。

「夕方に自分で言っただろ」

麦茶を飲む夫を泉はじっと見ていた。お風呂上がりは色気がムンムンで…きゅんと心臓が掴まれた。好きで好きでたまらないのに、もっとずっと好きになる。

「なんっ、のことでしょうか…」

轟は妻を静かに見つめた。ため息をつくと麦茶を冷蔵庫にしまい、コップをシンクに置いた。
緊張で体を固まらせてる泉に近づいていく。

「忘れたなんて言わせねぇ」

隣に腰を下ろすと、泉の手を取った。もう片方の手で髪を撫でた。

「手熱いな」

「たっ、いおんが高いですから…」

「顔も赤い」

「焦凍さんが隣にいるから…」

緊張でどうにかなりそうだった。心臓がびっくりするくらい早く鳴るし、好きと言う気持ちが飛び出してしまいそうだった。色んなことを思い出してしまって、顔が熱くなった。

「いつまで経っても慣れねぇな」

「だって、好きなんですもん…」

「さっきはかっこよかったのにな」

キスをしたあとに、ヒーローの顔をした妻を思い出す。

「…さっきは焦凍さんがしてくれようとしたのに、出来なかったので…」

「したかったのか?」

そう問われると泉は少し迷ってから頷いた。轟は壁の時計に視線を移した。22時を指すところだった。決して遅い時間ではない。

「…明日の勤務は」

「遅番です、けど…」

「じゃあ大丈夫だな。続き、するか」

そう言って轟は楽しそうに笑みを浮かべた。噴火しそうになるくらい顔を真っ赤にした泉は硬直してしまった。

「自分で言ったんだからな」

どうしたらいいのか分からなくて挙動不審になってしまうが、泉だって大好きな人に触れたい。そっとキスをした。

「お手柔らかにお願いします…」

赤い顔で言う泉に、轟は堪えきれない表情で謝罪を口にした。

「…悪い、今ので無理になった」





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「よくある日常のささやかな幸せな時間」をテーマに書きたくて思いついたお話。なーんかちょっと違うような…?
夢主は不器用な子ですが、お掃除は大得意。お休みの日はこうして家中ピカピカにするのが好きです。

そして、2人の日常ですが、夢主はなかなか甘い空気に慣れなくてしょっちゅう挙動不審になってます。好きと口に出す愛情表現はいつもしていますが。結婚したあとは轟の方がぐいぐい行くのでいつも夢主はたじたじ。これが2人の日常。

夢主は小さなハートをたくさん飛ばしますが、轟は馬鹿でかいハートをものすごい勢いで投げます。そんな愛情表現のイメージです。



2021.05.17


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