ラブ&ヒーロー

□家族の日常
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「こえ!こえ、なに?」

「テレビ」

「こえは?」

「テレビのリモコン」

「こえは?」

「椅子」

「こえは?」

リビングでは、可愛い息子があどけない声でこえ(れ)は?と繰り返していた。その度に焦凍さんは、息子の指さしたものを静かに答えていた。私は台所のそのやりとりを聞きながら微笑ましく思っていた。
料理をしていた手を止めて、リビングに目をやると、ほむらが大好きなアニメのキャラクターブックを持ち出してきていた。そのアニメはたくさんのキャラクターがいて、一緒にアニメを見ている私でも見たことがないキャラクターたちがたくさん載っている。

「…こえ!こえは?」

ほむらはキャラクターの1人を指差した。先ほど同様、焦凍さんは聞かれるたびに丁寧に答えていた。
しばらくすると、ほむらはまた新しい本を出してきたらしい。

「こえ!こえ!」

「こっちを片付けてからな」

「や!」

「なら、おなかがすいたいもむしくんは読めないな」

「や!や、なの!」

「新しいのを出したら、前に出したものは片付ける。出しっぱなしは良くない。片付けたら、読む」

見なくてもわかる。淡々と言うので、怒っているように聞こえるが、焦凍さんは意外と息子に怒らないのだ。ほむらはしぶしぶと言ったように本を片付けた。

「良く出来たな。ほら、読んでやるからおいで」

ほむらが笑った顔もよく分かる。嬉しそうに笑って、パパのお膝の上に遠慮なく、どんと座る。

「おっと…」

どうしたのかと顔を上げると、パパのお膝に上手く座れなかったらしいほむらが倒れかかったところを焦凍さんが受け止めたようだ。

「ほむら。危ないから、座るときには確認しような?」

「うん」

焦凍さんはほむらの両脇に手を入れて、膝の上に座り直させると、絵本を読み始めた。

抑揚のない声での音読は、なんだか面白い。夫がいたってまじめに読んでいると思えば思うほど、笑いが込み上げてきた。

「ふふふ…」

おかしくなってしまい、笑い出すと焦凍さんが振り返った。

「何、笑ってんだ」

「だって、ふふふ…」

「たのししょうねぇ」

ほむらは少し不思議そうに言った。

「…何、笑ってんだ」

さっきよりも語気が強くなった焦凍さんに、私はくの字に折り曲げていた体を起こした。

「焦凍さんが、ほおくんに本を読んであげてるこの光景が幸せだなって」

「絶対、違うだろ」

じっと疑わしそうな目をしていた焦凍さんから視線を逸らして、ほおくんの方を向いた。

「ほおくん、ご飯できたよ」

「ごあん!」

「絵本片付けてね」

「あい!」

「焦凍さん、これ机の上に…」

振り返ってお皿を渡そうとすると、焦凍さんはムスッとした顔で立っていた。

「なあ、さっきは何を笑ってたんだ」

「えーっと、怒りません?」

苦笑いをしながら問うと、焦凍さんは静かに頷いた。

「…まあ、正直に言うならな」

「先に言いますが、ほおくんに絵本を読んであげている焦凍さんを見て、幸せだなって思ったのは本当ですよ」

「…分かった」

それで、と焦凍さんは首を傾げた。

「おなかがすいたいもむしくんを読む焦凍さんがあまりにも淡々と読んでいたので、可笑しくなってしまったんです」

思い出してまたふふふ、と笑いが込み上げてくる。焦凍さんは不服そうに口を尖らせた。

「息子のために、一生懸命な姿を見ていると、妊娠した時に焦凍さんの言葉がなんだったのかなって思っちゃいますね」

妊娠が分かったときに、暗い顔をしていたのが嘘みたいだ。

「今でも自信はないし、少し怖い」


「しっかりと父親をやってるじゃないですか。大丈夫です、私がいます」

焦凍さんが私の両手を握った。不安になったり、言いにくいことを言う時は、いつも手を取る気がする。焦凍さんの癖だと最近気がついた。

「最近考えてることがあるんだ」

「なんですか?」

「…家を…建てないか?」

焦凍さんは俯いたまま、遠慮がちに小さな声で言った。

「…ほむらが走り回るようになってきたし、子どもが増えたら、この家じゃ手狭になるだろ。大変になる前に引っ越ししておいた方が……泉?」

顔を上げながら私を見た焦凍さんは、驚いて目を見開いた。心配そうに私の頬に触れた。

「なんで泣いてんだ」

言われて初めて自分が泣いていることに気がついた。顔を触ると、温かい滴が頬を滑った。

「あ…ごめんなさい…。私、嬉しくて」

焦凍さんがほっとしたのが分かった。

「焦凍さんが未来の話を、私やほおくんといる未来…。違うな、新しい家族を、子どもを…望んでくれていることが嬉しいんです」

「ママ?」

本を片付けて台所にやってきた、ほおくんが心配そうに私を見ていた。

「大丈夫だ、ほむら。ママは感情が豊かだから、今は嬉しくて泣いてるだけだ」

「…心配してくれてありがとう、ほおくん」

私は足元に寄ってきた息子を抱き上げた。

「大好きなパパが、ママが喜ぶことを言ってくれたから、嬉しくて泣いちゃった」

「ぎゅっ」

そう言いながら、ほおくんは小さな腕で私の首周りを抱きしめた。

「うん、ぎゅっー!」

力を込めてほおくんを抱きしめると、嬉しそうにきゃっきゃっと笑った。

「焦凍さんも」

おずおず、と言った様子で手を伸ばした焦凍さんを焦ったく思った。片手でほおくんを支え、私は左手を焦凍さんに伸ばして抱きしめた。


「俺の家族になってくれて、ありがとう」

焦凍さんもしっかりと抱きしめかえしてくれた。愛おしくてたまらない。


「焦凍さんも、ほおくんも、大好き!」




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「こえ、なに?」というほおくんと、律儀に答える轟パパを書きたかっただけなのですが、お家を建てようという話まで膨らみました。
『おなかがすいたいもむしくん』は某有名絵本のもじりです。



2020.08.15


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